X




まだいたの?
→苦笑しながら笹塚がそう言えば、弥子は恐縮して俯いた。


「す、すみませんっ!」
「別に怒ってないけど…」


いつも通りの無表情
けれど、弥子には笹塚が困っているのがはっきりと伝わってきて。


「でも、ご迷惑をおかけして……」


縋るように自身の制服のスカートを握り締める。歪な皺が沢山寄った。


「別に迷惑だとも思ってない」
「…ぇっ……?!で、でも……」


そんな弥子の頭を笹塚は優しく撫でる。
反応してか…。細い身体がびくっと跳ね上がった。
気恥ずかしくて。弥子の顔が真っ赤に染まってゆく……
今、弥子の脳内は混乱の極みだ。
けれど、


「大丈夫だよ。ただ……」
「………ただ…?」
「今は欲望を抑えきれずに弥子ちゃんへ手を出してしまいそうな自分に困ってるだけだから気にしないで…?」
「……は………?」


けれど、弥子の反応を全く気にした風はない笹塚から齎された言葉はとても直ぐさま頭の中で理解し納得出来るものではなくて。


「だからほんと…気にしないで……ね?」


淡々と話す笹塚の顔を弥子はただ茫然と見つめていた。



バトン


昼間の月を
→見つけたのは偶然だった。
いつもは太陽に目を奪われるというのに。
ふっ、と見つけた月は青空の中で輝いている。
儚いようで、けれど力強く。


「得した気分♪」


無意識のうちに弥子の顔が緩んだ。
纏う空気も酷く柔らかくなる。


「……弥子ちゃん…?」


とほぼ同時に見とれていた弥子の背後からかけられたのは聞き覚えのある重低音ヴォイス
緩んでいた顔を更に緩ませ、弥子は声の主へと振り返った。


「笹塚さん♪」
「空見上げて何してんの?」
「月です!真昼の月見ていたんです♪」
「……へぇ〜…?」


そこには想像通り密かに心を寄せる人、笹塚がいて。


「儚くも見えるんですけど力強くも見えるんですよ♪」
「あ〜…確かに……」


弥子は興奮が押さえきれずに頬を薄らと染め上げながら勢い良く話し出す。


「普段はあまり見ないから凄く嬉しくなっちゃって……!綺麗ですよね♪」
「……そうだね…」
「ほんと、昼間の月って笹塚さんみたい!」
「……ぇ…?」
「笹塚さん普段はあまり本気を見せないけど、いざって時はとても強くて格好良い所ですよ♪」
「……………………………」
「゙儚くも見えるんですけど力強くも見える゙です♪」
「…マジ……?」
「はいっ!!」
「…そっか……ありがと………」


そんな弥子を見つめながら、珍しく笹塚は優しい眼差しをして柔らかく笑んだのだった。



バトン


「好き」なんて
→正直に言えるはずがないと思い、笹塚は重いため息を吐き出した。

(一体いくら年が離れてると思ってる…?)

目の前には表情がくるくる変わる女子高生
キラキラ輝く瞳で挨拶してくるのは笹塚が警察官で安全な人間だと思っているからだろう。
わかっている。彼も、わかってはいる。
けれど、


「笹塚さん♪」


けれど、逸す事なく見つめてくる瞳は酷く笹塚の理性をぐらつかせるのだ。
邪気がない笑顔はまるで麻薬のように精神を蝕む。
思考を危険な方へ、危険な方へと誘ってゆくのだ。


「遅くなる前に早く帰りな」
「はいっ♪」


だから、だからこそ淡々と。感心などないかのように言葉を紡ぐ。
いつも通りでいる為に。
いつも通りに見えるように。

(俺は警察官。俺はおやじ。俺は…俺は……)

無表情のまま自身の立ち位置を繰り返し脳内で唱え続けるのだった。



バトン


仮面の奥は
→中々みれない。わからない。
けれど、


「笹塚さん♪」
「…弥子ちゃん?どーした?」


けれど、だからといって弥子は諦めたくなかった。
覆い隠された本当の笹塚の心に触れたくて。そして知りたくて。


「ちょっと…笹塚さんに逢いたくなっちゃって……」


笹塚の前ではにかみながらもにっこりと弥子は綺麗に笑む。
簡単に覗き込めると、わかるとは思っていないから…
長期戦を覚悟しつつ弥子は笑いかけたのだった。



バトン


強く強く
→想えば想うほど切なくて。酷く悲しい。


「笹塚さん♪」
「弥子…ちゃん……」


いつも笑顔の少女は今は亡き自身の妹を思い起こさせる。
勿論それが嫌なのではなかった。
けれど、


「随分春めいてきましたね!」
「ん…。そう…だね……」


けれど、たまに胸が痛くなる。
どうしようもないほどに。


「どうかしました?」
「…いや…大丈夫……」


不意に心配気に顔を覗き込まれて。笹塚は一瞬心臓が止まった気がした。
慌てながらも表情を緩めて見返せば、まだ眉間に皺を寄せつつも弥子の緊張が緩んでゆく。
だから、


「大丈夫…だよ……」


だから、笹塚はなんとか笑むを深くしていくのだった。



戻りはしない
過ぎ去った時は……
でも、
でも、決してその時間はなくなりはしないのだ――…




バトン


鏡のむこうは
→パラレルワールド
誰かがそう言っていた。


「笹塚さん」
「ん?」
「笹塚さん」
「何?」
「笹塚さん」
「弥子…ちゃん……?」


その言葉を思い出したのは何が原因なのか弥子にはわからなかったけれど、もし自身がパラレルワールドの住人だったら笹塚に逢えなかったかもしれないとふっ、と考えてしまったのである。


「どーしたの?何かあった?」


その為、今いる世界が急に幻であるかのような気がして。


「笹塚さんはここにちゃんといますよね…?」
「いるよ?」
「ほんと…に……?」
「ん」


弥子は壊れたオルゴールのように何度も笹塚の名を呼びつつ草臥れたスーツの裾をギュッ、と握り締めたのだった。



バトン

見えない壁
→がいつも笹塚の周囲に張り巡らされている気がして。弥子は酷く悲しくなった。
開放していない内へと踏み込たいと思うのだが、実際に実行する勇気が持てずに二の足を踏み続けている。


「さ、笹塚…さん……!」
「ん?どーした?」
「………………………………」
「弥子ちゃん?」


震えながらも声をかけれたとしても同じ事
笹塚が聞き返してくれているにも関わらず、続けるべき言葉が口から出てこない弥子は陸に上げられた魚が喘ぐように只管唇を開閉させていた。



バトン


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ