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空へ近づくたびに
→太陽へ近づくたびに
イカロスの翼は溶けて溶けて溶けて……


『まるで局長みたいですね』
『そうだな!熱っついお妙さん太陽に焼かれてもっともっと俺はお妙さんに堕ちてゆくんだ♪』
『んじゃ、局長そのまま死んじゃいますよ?』
『えっ!?』
『そうですよ?イカロスは太陽に近付き過ぎて死ぬんですよ』
『えぇっ?!』



ふざけたように言いあって笑っていた隊士達の顔を近藤は思い出していた。
もういない隊士達の顔を――…

(クソッ!)

部下を守りきれなかった自分に虫酸が走って。近藤は自身の無力さを噛み締める。
刀についた赤茶色を拭おうともせずに大空の輝く太陽を見上げたら、呪いのように眩暈がして。

(さっさと俺を殺せば良いのに――…)

祈りにも似た思いを巡らせて吐息を風にのせた。
と同時にどこかで微かに羽音がして。近藤は軽く視線を這わせながら冷笑を浮かべるのだった。



バトン


雨がやんで帰るとき
→わざと泥濘に踏み込んだ。
綺麗に磨きあげていた革靴が一瞬で汚れ変色していく。


「こっちのほうが俺にゃお似合いだな」


それをジッと見つめていた近藤の唇が不自然に歪んだ。
軽く頭を掻きながら視線を上へとあげれば曇った空が広がっていて。


「あぁ…良い天気だな……」


頬についていた血を指で軽く拭いつつ近藤は瞳をゆっくりと細めたのだった。



バトン


振り下ろす
→刀が小気味良い音をたてる。


「近藤さん」
「なんだ?トシ」


とほぼ同時に背後から話し掛けられて。視線を相手に向けながら近藤は垂れてくる額の汗を拭った。


「例の攘夷志士の居所がわれた」
「やっと…だな……」
「あぁ…。それとやっぱりこの間回収した砲弾の数が合わないそうだ」
「……そうか…」


煙草を銜えたまま話す土方を珍しく厳しい眼差しで見つめていて。


「なら…早めに動いたほうが得策だな」


部屋の空気は酷く重い。
勿論、そんな事を気にせずに瞳を合わせたまま真顔で二人は軽く頷いた。


「直ぐ準備させる」


会話は必要最低限で少なかったけれど、煙草から漂う白い煙りがまるで騒がしい警報のように空中に溶けていった。



バトン


変わりゆく
→のは世界かそれとも……


「チッ!」


グシャッ、と音をたてながら近藤の手中で小さくなった一枚の指令書
書かれていた内容はとても短かった。
゙志村新八の暗殺゙それだけである。


「近藤さん」
「何だ」
「どーする気だ?」
「何が?」


強く輝く土方の瞳を近藤は真正面から逸す事なく見つめ返した。
二人の間に走る緊張


「わかってんだろ?」
「………………………………」
「近藤さん」


普段から土方の眉間に皺はあったが、それよりも更に皺が深くなってゆく。
近藤は?と言えば、ゆっくりと溜め息を吐き出しつつ瞳を閉じていた。
けれど、


「……………だ……」
「ぇっ…?」
「ここから先は俺の…俺の仕事だ……」
「近藤さん?」


けれど、それは一瞬で。
再び開かれた瞳にはいつもの穏やかな光はなく、酷く冷ややかなものであった。


「だからトシはこれ以上関わるな」


不意に近藤の纏う空気が鋭さを増して。高まる緊張を誤魔化すように溜っていた唾液をゴクッ、と音をたてながら飲み込む。
取り敢えず何か言おうと唇は動かすが口から音は出て来なくて。仕方なく土方は黙ったまま頷くのだった。



バトン


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