宝物

□時雨小説(時雨と躯様)
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「時雨、なぜ戦わん?お前もっと勝てるだろう。
俺が相手を決めてきて、こいつとやれと言わない限り本当に戦わないんだな。」
「拙者は仲間内で戦うことに意義を感じませぬ。
位など主君が決めればよいことです。」
「お前…本当に頭固いな。すっぱり切れた頭もポッドでくっついたろうが。
何をこだわっているのか俺は理解不能だ。これだから年寄りは困るぜ。」

この移動要塞の美しき主は魔界を走る百足同様、気の赴くまま自由に砦の中を歩く。
表情豊かな左目は周りを魅きつけ、瞬きすらせぬ右目は全てを拒絶する。

茶を飲み終えた躯は胡坐をかいたまま相変わらず謎めいた微笑みを浮かべ、時雨の動作をじっとみている。
視線を感じながら時雨は作法に従い静かに茶道具を片付ける。
しみこむように身についた動作は、記憶が薄れても全く迷わず出てくる。
「それにしても百足に乗ってる連中はみんな頭が固いな。
お前の石頭も相当なもんだが、奇淋も冗談が通じないし、飛影もあの若さにして相当な頑固者だ。
頭のやわらかい俺じゃなきゃとてもじゃないけど牛耳れないぜ。お前そう思わないか?
それにくらべて雷禅のとこは自由だよな。親父はくたばりかけなのにいまだに断食してるし、
息子は人間なのに妖怪になって魔界まで来ちまうし。家来の連中は頭は固そうだが体がくねくねだ。」
あははは、と豪快に笑う、
一体この突拍子もない主君はここに何をしに来ているのか。
それに一言言わせてもらえるなら躯は頭は軟らかくない、むしろ頑固だ。
行動はころころ変わるが、あくまでも気まぐれによるものである。
柔軟な思慮のたまものでは決してない。
「雷禅殿も相当頑固者ですよ。餓死寸前でも断食をやめないなど聞いたことがございませぬ。」
「あはは、そりゃ違いない。」
足をバタバタさせて喜ぶ躯はあえて見ないようにして時雨は茶道具を仕舞った。
若様の養育係は務めた経験もあるし作法もわかるが、姫様など育てたこともないし
何を教えていいかもわからない。
大体戦の最前線で大軍を率い、自ら返り血を浴びながら笑顔で敵を殺戮する姫様などこの目で見るまで信じ難かった。
理解すらできないのだ、拙者の手に負える人物ではない。




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