立海一家シリーズ

□終わらない立海一家
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【ドッキドキ授業参観】


「おっはよーがくと!」

「お〜、ブン太おはよっ」

元気に挨拶をしながら、教室に入って来たブン太。
自分の席にランドセルを下ろすと、前の席の金色ふわふわが目に入った。

「ジロくん、また寝てんの?」

「まぁな〜。今日は教室にいるだけ、まだマシだけどな」

慈郎の隣、岳人が呆れたように答える。

「さんかん日だもんなぁ。けど、あとべ来んのかな?」

「来れるといいよなぁ」

ブン太も岳人も、保護者が来るのは確定していたが、慈郎の保護者である跡部は仕事が忙しく、授業参観に来れるかどうかはわからなかった。

すやすやと寝息をたてる慈郎を見ていると、「おはようございます」と声がかかった。

その声の主は、姿勢良く歩いて来ると、ブン太の隣の席にランドセルを置いた。

茶髪の七三、知的な眼鏡、きっちりとズボンに仕舞われたシャツ、そしてニットのベストを着用しているその少年を見て、岳人が思わず声を上げた。

「は!?おまえ誰っ!!?」

「仁王雅治ですが」

「ええ〜っ!!?」

面食らう岳人を前に、少年は眼鏡をずらし、切れ長の瞳を露わにした。

「プリッ」

「あ〜っ!!?本当だ!におー!!」

「おまえさん、ええ反応するのう」

ブン太はわかっていたようで、可笑しそうに笑っている。

「で、何でまさはひろしのカッコしてんだよ?」

「今日はさんかん日じゃからのう。やぎゅう達をびっくりさせてやろうと思って、トイレで着替えてきた」

朝、ブン太と立海家を出た雅治は、皆には内緒で、こっそり変装グッズを持って来ていた。
そして、教室に入る前にトイレに行くと言ってブン太と分かれ、シャツのボタンをしっかりとめ、ベストを着て、鬘と眼鏡を装着したのだ。

「そりゃビックリするだろぃ!」

「くそくそっ!おれもびびったぞ!」

雅治は眼鏡の位置を直すと、楽しみじゃのう…と、悪戯っぽく笑んだ。


その後、雅治を見た宍戸先生が、岳人と全く同じ反応を見せたのは言うまでもない。


「今日は授業参観日だ。お家の人が授業を見に来るが、皆あんまり気にしないで、いつも通りやるんだぞ!」

そんな宍戸先生の言葉に、「はーい」と返事をした生徒達だったが、気にするなというのも無理な話だ。
皆自分の保護者が来ているかどうか、教室の後ろを、ちらちらと振り向く。

岳人も例外ではなく、視線を巡らす。保護者である忍足の姿を見つけると、その大きな瞳を更に大きくさせた。
それに気付いた忍足が、頑張りや、と軽く手を上げる。岳人は嬉しそうに拳を突き出した。

同じくブン太も保護者を探していたが、見つからない。
ジャッカルの容姿は目立つので、すぐに判る筈なのだが、まだ来ていないのだろうか……。

そんな事を考えていると、特徴的なスキンヘッドが教室に入って来るのが見えた。

「……はっ?」

そう発したのは、ブン太ではなく、雅治だった。

ジャッカルは他の保護者達に会釈しながら見やすい位置を確保すると、「ジャッカル」と小さく手を振るブン太に頷き、笑みを返す。
その彼の傍らに、スーツを着崩し、両手をポケットに入れた、猫背で銀髪の男が立っていた。

雅治は眼鏡の奥で瞠目する。

「おいおい、彼奴まさか……」

忍足が訝しげに呟いた所で、ジャッカルが男に呼びかける。

「比呂士」――と。

「プリッ」

まるで未来の仁王雅治とでもいうべきその男は、不敵な笑みを浮かべると、鬘を外した。
そして、シャツのボタンを上までとめて、緩めていたネクタイをしめ、上品な茶髪を撫でつける。
眼鏡をかけて姿勢を正せば、紳士 柳生比呂士が其処に居た。

雅治は唇を尖らせ、前に向き直った。
せっかく驚かそうと思っていたのに、自分がびっくりしてしまったのだ。

「ぷっ…くくく。やられたなぁ、まさ?」

堪えきれず、ブン太が笑い声を漏らす。
それが悔しくて、雅治は消しゴムの欠片を投げつけた。

「って…何すんだよ!」

ブン太も負けじと投げ返す。

「プーリッ」

「やめろよっ」

「ピヨッ!」

「このぉ…っ」

「おーいお前ら。喧嘩すんな、激ダサだぞー。ジローも起きてろよ〜?」

ヒートアップする二人に気付いた宍戸先生が注意する。
ついでに寝ているジローにも声をかけた時、窓がガタガタと揺れ始め、バラバラバラッ…という轟音が教室を襲った。

《おいジロー!何やってんだ!?しっかりしやがれ!!》

拡声器を通した声が響く。

瞬間、慈郎がぱっと覚醒した。

「わぁーっ!あとべ〜!あとべだぁー!来てくれたんだね!?うれC〜っ!!」

急いで走っていって、窓から身を乗り出す。
ヘリコプターに乗る、跡部の姿が見えた。

《あーん?当然だろうが!お前の保護者は誰だ!?》

「あとべぇーーー!!!」

喜色満面で、慈郎が叫ぶ。

《ようし、良い子だ。しっかり勉強に励めよ?ハァッハッハッハッ!ハァーッハッハッハッハッ!!》

「どらぁっ!跡部!!授業の邪魔すんじゃねぇーー!!!」

高笑いと共に、遠ざかっていくヘリコプター。

こうして、宍戸先生が大変だった授業参観は幕を閉じた。




「おれ、ゆきむらくんに来てほしかったな」

帰り道、そう呟いたブン太に、ジャッカルは視線を落とした。

「だって、みんな何かすごくて、ジャッカルだけつまんねーんだもん」

授業参観とは、保護者がどれだけ目立つかという事では決して無いのだが、子ども達にとっては少なからず、ステータスに繋がるのだろう。

岳人の保護者の忍足は有名な小説家であり、何もしなくても視線を集めていた。
柳生は雅治が内緒で変装グッズを持って登校した事に気付いて、自身も変装して登場し、注目を浴びた。
隣のクラスには、こどもぷりんすの「え〜じくん」と「しゅういちろうおにいさん」――菊丸英二と大石秀一郎という有名な親子も居る。
跡部の登場は言わずもがな。

ジャッカルだって「立海道場のジャッカル桑原さん」として御近所ではわりと有名なのだが、幸村兄弟としてメディアで活動している幸村には、知名度は遠く及ばない。

「しょうがねぇだろ?幸村は仕事だったんだから」

「わかってっけどさー」

ブン太はぷくぅ…っとガムを膨らませる。

前方には、大きな柳生と小さな柳生が、手を繋いで歩いていた。
雅治は結局、放課後まで変装を解かなかったのだ。

「ブン太」

「ん?」

「肩車してやろうか?久しぶりに」

「え…?」

見上げて来たブン太に笑いかけると、ジャッカルはブン太の前に膝をついた。

「なんだよ、急に?」

「いいから乗れって」

そういえば、小学校に上がってからはあんまりしてなかったな。ブン太は跪くジャッカルを見て思った。

「ファイヤージャッカル号……」

「そういやそんな呼び方してたな、お前」

そう、幼稚園まではよくして貰っていたのだ。肩車や、お馬さんごっこを。
ほんの少し前の事なのに、なんだかとても懐かしい。

ブン太はにっと口角を上げると、ジャッカルの肩に跨った。
ジャッカルがブン太の足を持ち、立ち上がる。

「うおッ!重くなったな〜ブン太」

「重いってゆーな!」

ブン太がジャッカルの頭をペチペチ叩く。

「大きくなったって事だろ!」

「おう!」

破顔一笑、ブン太は拳を突き上げた。

「いっけぇ〜!ファイヤージャッカル号!」

ジャッカルが走り出し、柳生達を追い抜いて行く。

「おっ先ぃ!」

「おやおやブン太君、肩車ですか?良いですねぇ」

「やれやれブン太君、肩車ですか?お子さまですねぇ」

「うっせぇよ まさ!ジャッカル、ファイヤー!」

「ファイヤーッ!!」

「はははははっ!たっけぇ〜!はっえ〜っ!!」



四つの肺を持つ男、ジャッカル桑原。
子どもと遊ぶ時の持久力は、誰にも負けないのだ。





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