立海一家シリーズ
□立海一家のクリスマス
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【ブン太のひとりでできるぜぃ!】
「今日はぜんぶ、おれが作るからっ」
そう声高らかに宣言して、ブン太は一人キッチンに籠もった。
リビングでは、ジャッカルが心配そうに、ちらちらとキッチンの方を窺っている。
「どうした?ジャッカル」
立ったり座ったり落ち着かない彼を見て、リビングに入って来た柳が声をかけた。
「ブン太がさ、ケーキ作ってんだ」
「一人でか?」
「ああ…」
ジャッカルは困ったような笑みを浮かべた。
ブン太は甘い物が大好きで、菓子作りの手伝いをよくする。
だが、小学1年生のブン太がする事といったら、クッキーの型抜きをしたり、パイ生地で具材を包んだり、出来上がったケーキにデコレーションを施す位のもの。一から完成まで一人で作った事は、まだ無い。
だいたいは、ブン太がレシピを見ながら次の工程を読み上げ、ジャッカルがその通り作業していく。
しかもそのレシピは、ブン太が食べたいと言った菓子の作り方を、お隣の太一が書いて渡してくれるもの。それはどのレシピ本よりもわかりやすく、だからこそ、菓子作りには精通していないジャッカルでも、大きな失敗無く作れるのだ。
しかし今日のブン太は、太一から教わったレシピに頼らず、自身のオリジナルケーキを、自分一人で作ろうとしている。
誰もキッチンに入って来るな、ジャッカルも見に来るなと告げて。
「成る程。確かにブン太は、これまでも菓子作りに積極的だった。いずれは自分で作ると言い出すだろうと思っていたが……ブン太はまだ1年生だ」
柳の言わんとする事は、ジャッカルもわかっていた。
「せめて、火を使う時は呼べって言ったんだけどよ…」
子どもの成長は喜ばしい事だが、心配でもある。
もし包丁や火を使う工程があるならば、保護者が監督した方が良いだろう。
因みにブン太が今作ろうとしているケーキは、ブン太が考えたレシピ通りならば、オーブンではなくフライパンを使って焼く。
ジャッカルが一番危惧しているのは其処だ。
「やっぱこっそり見に行って…」
「ジャッカルー!!」
「どうしたブン太!?」
そんな時に名を呼ばれ、ジャッカルの心臓は跳ね上がった。
もしや何かあったのではと、急いでキッチンに飛び込んで行く。
「あ、ジャッカル。これやってくれぃ」
しかし、其処にはいつも通りガムを膨らませながら、調理台にボウルと泡立て器を置くブン太が居た。
「生クリーム……?」
空の紙パックと、ボウルの中の白を見て、ジャッカルが呟く。
「そ、シクヨロ!」
「お前…今日は全部自分で作るって」
「ホイップすんのはジャッカルの仕事だろぃ?」
そう。いつもの事なのだ。
メレンゲや生クリームを泡立てるのは、確かにいつでもジャッカルの役目だったが…。
「それ終わったら、もどっていいぜぃ」
ブン太はフライパンをシンクに移動させた。コンロ脇の台の上には、こんがり焼けたケーキが鎮座している。
どうやら無事に焼けたようで、これを冷ましているうちに、生クリームを泡立てろという事なのだろう。
「おれはちょっと休憩〜」
ブン太はエプロンをしたままジャッカルの横をすり抜けて行く。
「結局、俺かよ…」
ジャッカルは呆れと安堵の溜息を零した。
「ファイヤー!!」という声の後、泡立て器がボウルに擦れる音を背後に聞きながら、ブン太はキッチンを出た。
しかしリビングに柳の姿を見つけ、びくっと歩みを止める。
「あ…やなぎ居たんだ」
「ケーキは上手く焼けたか?」
「おう、完ぺきだぜぃ。天才的ぃ!」
顔の横でピースをしながら、片目を瞑ってみせる。
すると、柳が近付き、屈んでブン太の手をとった。
「ピースサインが普段より5.2mm下がっている」
「え…?」
「火傷でもしたか」
「な、たっ…たいした事ねーよ!ちょっとさわっちまっただけだからっ」
「だが一応冷やした方がいい」
「ジャッカルには言わないで…っ!」
出来るだけ小声で、だがはっきりとブン太は言った。
「バレたら、もう作らせてもらえなくなるだろぃ…」
そして、ばつが悪そうに顔を伏せる。
あれだけ啖呵を切っておいてこんな結果では、やっぱりブン太にはまだ早かったと言われかねない。
「ならば早く冷やそう。急がないと、ジャッカルが生クリームを泡立て終わってしまうぞ?」
柳がやわらかく言葉を紡ぐと、ブン太はこくりと頷いて洗面所に向かった。
水を出しっぱなしにして、其処に人差し指をさらす。
ケーキを皿に移す時、誤ってフライパンを触ってしまったが、ほんの一瞬だ。大事には至らないだろう。
それでも念の為に、と。柳はブン太の指を流水に当て続けた。
「やなぎ、もう痛くねーよ」
「そうか。水疱もみられないし、熱傷深度はT度といった所だろう。少し赤くなっているが、この程度なら目立たない筈だ。もしまた痛みだしたら、比呂士に軟膏を塗って貰え」
柳は水道の蛇口を閉めながら言った。
「ん…ありがとな」
「ブン太、お前はまだ身体が小さい。踏み台を使っても、大人と同じようには出来ないだろう。お前は確かに器用かもしれないが、万能ではない」
「わかってるよ…」
「では、今度からは気をつけてくれ」
そう言って、ブン太の赤髪を撫でる。
キッチンの方から、「おーい、ホイップ出来たぞ〜!」というジャッカルの声が聞こえた。
「さあ、行って仕上げをして来い。ケーキ、楽しみにしているぞ」
「おう!」
柳が差し出したタオルで手を拭き、ブン太はキッチンに戻っていく。
ヒリヒリした痛みは、既に治まっていた。
「ジャッカル、さんきゅ」
「おう。じゃあ俺は戻るな」
「ジャッカル!」
踵を返したジャッカルの服を、ブン太が引っ張る。
「どうした?」
肩越しに振り返ると、ブン太の大きな瞳と視線がかち合った。
「これから、ケーキ、デコるんだけど」
「うん?」
「フルーツ切るの、てつだってくんね…?」
「ブン太…」
ジャッカルが呟くと、ブン太は視線を外し、プクゥ…とガムを膨らませる。
ジャッカルは頬を緩め、「ああ、いいぜ!」と返した。
そして、ブン太はホイップクリームと、冷蔵庫で固めておいた“R”の形のホワイトチョコ、その他まんじゅうやクッキー、ポッキー等の菓子でケーキを飾った。
そのケーキの周りには、ジャッカルに教わりながら一生懸命皮を剥き、刻んだフルーツを、ふんだんにあしらう。
「できた!RIKKAIスペシャル!!」
因みに、ブン太は今後、歳を重ねる毎にめきめきと料理の腕を上げていくのだが、菓子作りの際、生クリームを泡立てるのは、相変わらずジャッカルの仕事だった。