立海一家シリーズ

□立海一家のピクニック
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「赤也ァアァアアァーー!!!」



唸るような雄叫びを上げながら、真田が斜面を蹴った。

赤也の落ちてくる位置に合わせて雷霆の如く動いた為、下に居る雅治を巻き込む事はなかったが、真田は赤也を両腕で抱き留めると、その小さな身体を庇いながら転がり落ちていった。

「赤也っ!真田ァーー!!」

幸村の慟哭が轟く。

「くっ…!」

真田は何とか態勢を立て直すと、滑るように斜面を下り、故意に木の幹にぶつかって転落の速度を止めた。

「………赤也、無事か?」

腕の力を緩めると、もぞもぞと癖っ毛が動き、顔を上げた。

「さ…なだ、さん……?」

大きな瞳が真田を見上げ、その後、またすぐに真田の腕の中に隠れた。

「ふぇッ…うわぁああん!さなださぁん…っ!!」

「たわけ!これしきの事で泣くな!!」

「だってッ…おれのせいで さなださんが…うぁああぁごめんなさぁぁぁい…っ!」

見たところ赤也に怪我は無いようで、真田は口元を弛めると、そのもじゃもじゃした頭を撫でた。

そして、上に居る皆に向かって声を張り上げる。

「赤也は無事だ!今、其方へ登ってゆく!!」

「真田は平気なの!?」

「大丈夫だ幸村!すぐに行く!」

「気をつけろよ!?マサの所には俺が行くからYO!」

「すまんなジャッカル!よろしく頼むぞ!!」

所々怪我はしているものの、重傷ではないし充分動ける。
真田は未だ号泣している赤也の肩に手をかけると、再び顔を上げさせた。

「赤也!いつまで泣いている気だ!登るぞ!俺に掴まれ!!」

「ッ……はい…っ」

赤也が真田におぶわれて斜面を登りきると、すぐに幸村に抱き上げられた。

「赤也、大丈夫?怪我してない?」

「だいじょーぶっす…」

「弦一郎」

「ああ、すまんな蓮二」

真田は労いの意をを込めて差し出された柳の手をとり、柵を越えた。

「もう…二人共、あんまり心配させないで?心臓が止まるかと思ったよ」

「ごめんなさい…」

「案ずるな。これくらい何ともない」

「でも、赤也が無事で良かった。ありがとう真田。……それと、雅治も」

既にジャッカルによって救出されていた雅治は、幸村の瞳が自分に向けられたのに驚き、俯いていた顔を上げた。

「もう一人で危ない所に行っちゃダメだよ?」

「…プピーナ」

「柳生から聞いた時、凄くびっくりしたんだからね?本当、無事で良かったよ」

「……プピナッチョ」

不意に、頭を撫でられたような気がして、雅治は横に居た柳生を見上げた。

柳生は雅治と目を合わせ、優しく微笑むと、皆に向き直る。

「さぁ、真田君の怪我を診なくてはなりませんね。戻りましょうか」

「この子猫も何とかしてやんねーとな」

今はブン太が抱いている子猫を見て、ジャッカルが言った。


「なぁ!このねこ、ほっぺただけ毛の色がちがうぜぃ。ほかの毛より赤くて、なんかピカチュウみてぇ」

「しっぽも変わっとるのう。毛がソフトクリームみたいにくるくるしとるぜよ」

子猫に外傷は無いようで、とりあえず水を飲ませてやり、タオルで包んで温めてやると、すぴすぴと気持ち良さそうに眠ってしまった。
斜面で動けなくなり、寒さもあって疲れていたのだろう。柳生の風呂敷が気に入ったらしく、その中から出ようとしなかった。

赤也は、そんな子猫の様子が気になりつつも、真田の傍から離れようとしなかった。

「さなださん…いたい?」

「たわけが!かすり傷だ!これしきの事で大怪我をする程たるんどらんわ!!」

「そうですよ赤也君。真田君は頑丈ですからね。そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ」

真田に包帯を巻きながら、柳生は赤也を励ました。

木にぶつけた背中を始め、身体のあちこちに打撲傷や擦り傷があるが、忍耐力も精神力もある真田だ。本人の言う通り、これくらい大した事ではないのだろう。
頭を打ったり骨折をしたりしていないのは、やはり流石と言うべきか。

「ですが、明日から三日間は、いつもの鍛錬は控えていただきます」

「何っ!?」

「普段通りやっていたら治るものも治りませんよ。耐えるだけではなく、安静にするのも大事です」

「しかし稽古が…っ!!」

「指導だけなら構いませんが、手合わせをするのは禁じます」

柳生は既に医者の顔になっていて、声音も少しばかり厳しい。
専属医としての言葉には、真田も反論出来ない。

「…さなださぁん…ごめんなさい…ッ」

またしてもしゅんとしてしまった赤也の頭に、柳の手が降りてくる。

「大丈夫だ。何の為に師範代の俺が居ると思っている」

「やなぎさん」

「俺も久しぶりに張り切っちゃおうかな〜」

「せいくんもっ?」

どうやら明日の稽古には、久々に立海道場の三強が揃い踏みしそうだ。

「さなださん…」

「何だ赤也?」

治療を終え、服を着直した真田に、赤也はおずおずと近付く。

「おれ…おれね、ぜったい さなださんみたいに つよくなるっす!たすけてくれて ありがとお!」

ぺこりと頭を下げた赤也を見て、真田は一時、声が出せなかった。

「お前…俺のことを嫌っていたのでは…」

「へ…?」

「真田、もしかして俺が言った事、気にしてる?」

「赤也は弦一郎を恐れてはいるが、尊敬もしているし、大好きだぞ」

「なっ…!!?」

「でも、俺の方がもっと大好きだよね〜赤也は」

「何を言う精市。赤也が一番懐いているのは俺だ」

「へ、えっ…あ、あの…っ」

「ほらほら皆さん、赤也君が困っていますよ」

今日は幾度も活躍してくれた救急箱を片付けながら、柳生が止める。

すると、ジャッカルが困ったような表情を浮かべながら此方へやって来た。

「真田、大丈夫か?」

「ああ。大事ない」

「そうか、良かったぜ。けど、帰りは運転代わるぜ?……それでな」

ジャッカルは、ブン太と雅治の方に視線を移動させた。

「あの子猫なんだけどよ…。アイツら、連れて帰ってウチで飼いたいって言うんだけど…」

「なぁ、飼いたい!こいつ飼おうぜぃ!?」

「ブン太、声でかいぜよ。しっぽが起きるナリ」

「は?しっぽ?」

「こいつの名前じゃ」

「おかしいだろぃ!こいつはチュウ太だ。ほっぺたピカチュウみたいだからっ」

「ねこなのに?」

「あ…じゃあ、ニャン太!」

「へ?なんでもう なまえ つけてんの?ずるい!おれも つけたい!」

其処へ赤也も加わり、子ども達による子猫の名付け合戦が始まった。

「おれ、そふとくりーむがいい!」

「なんだよそれ、変!」

「それに長いのう」

「え、じゃあ あいす!」

「そんなうまそう名前つけたら ブン太に食われるぜよ」

「食わねーよ!」

「まだ飼っていいなんて言ってないんだけどな」

三人が同時に顔を上げる。
其処には、立海一家の最高権力者である幸村が立っていた。

「だってゆきむらくん!このままここに置いてけねぇだろぃ?なんか食わしてやんねーとっ」

「ちゃんと元気になるかわからんしの…」

「ねこ かわいそう…せいくん おねがい!」

「じゃあ俺が名前つけていい?」

にっこりと、幸村が笑むと、これまで名前の候補を出していた子ども達は一瞬躊躇った。

名前は自分でつけたい。でも、命名権を手放す事で、連れて帰る許可が下りるなら……。

「わかったぜぃ。ゆきむらくん」

「おれもっ」

「……しかたないのう」

雅治は最後まで渋ったが、背に腹はかえられない…と、漸く納得した。

幸村は頷き、眠る子猫を優しく撫でた。

「じゃあ、今日から君の名前は“しい太”だ。よろしくね、しい太」

しい太と呼ばれた子猫は、誘われるように目を開き、「にゃーんす」と鳴いた。

「『やんす』?変わった鳴き声だな」

「でも、えちぜんちの ねこは『ほあら』って なくよ?」


道場に連れて帰って餌をやると、しい太はすぐに元気を取り戻した。

お風呂にも入れてやり、芥子色の首輪もつけた。
子ども達と、テニスボールを転がして遊ぶのがお気に入りのようだ。

赤也は特に、弟が出来たようで喜んでいた。

「にゃーんす」

こうして、しい太は立海道場の名物子猫となった。

因みに、何故幸村が『しい太』と名付けたかというと、
雅治の「しっぽ」から“し”
赤也の「あいす」から“い”
ブン太の「ニャン太」から“太”
……と、それぞれ一文字ずつ取ったからだったりする。




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