立海一家シリーズ

□立海一家のピクニック
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おにぎりとおかずをお腹いっぱい食べ、食後にはデザートの果物まで平らげた子ども達は、また遊びを再開した。

「あんまり遠くに行っちゃダメだよー?」

「イエッサー!」というそれぞれの返事を確認し、幸村は足を投げ出して一息ついた。

見渡す限り、木々は色鮮やかに紅葉している。

「本当に綺麗だなぁ」

帰ったらこの風景を絵に描いてみようかな…などと考えながら、綺麗な落ち葉を一枚手に取る。

「押し花のように、栞にしても良いですね」

「あ。いいね、それ」

同じく一葉を手にした柳生の提案に微笑み、幸村はまた、いくつか葉を拾ってみた。
すると、山の空気に混じり、微かに墨の匂いが香ったような気がした。

「あれ?蓮二、書道の道具持って来たんだ」

「ああ、これほどの景色だ。一句詠もうと思ってな。弦一郎、お前もどうだ?」

「流石は蓮二だ。用意が良いな!」

「幸村君は、絵の道具は持って来なかったのですか?」

「うん。俺は描き始めると絵の方に集中しちゃうから。今日は景色を楽しむんだ」

保護者組がゆったりとそれぞれの時間を過ごす中、ジャッカルはデジカメ片手に子ども達の姿を追っていた。

ちびっこ達は、大きな葉っぱを1枚ずつ採って来て、目と口の部分に穴を開け、お面らしきを物を作っていた。

「あっ!ジャッカル、撮って撮って!」

「よーし、いくぜ?『Say fire!』」

「プリッ」
「天才的ぃ」
「しかくはない!」

「お前ら…」

ファイヤーと返して貰えず、うなだれるジャッカル。因みに今のは、普段使っていた「Say cheese!」(ポルトガル語では皆には難しいので)という掛け声を、ジャッカルが自分流にアレンジしたものだったのだが…。

「だってファイヤーじゃ口の形が『あ』じゃん。おかしいだろぃ?」

「ん?あかや、おまん今なんて言ったんじゃ?」

「へへっ…しかくはない!」

それを聞きつけ、幸村が相好を崩す。

「ねぇ、聞いたかい?赤也が俺の真似っこしたよ!?」

「ブン太や雅治のように『い』の音で終わる言葉が咄嗟に浮かばず、精市のよく使う科白が思い浮かび真似をした確率、99.5%」

「ふふっ、嬉しいなぁ」

「………『ぬるい』」

「真田君…それはちょっと咄嗟には思い浮かばないのではないかと…」

自身がよく使う『い』音で終わる単語は――と、脳内で必死に探った真田。
やはり幸村にからかわれた事を気にしているのだろうかと、柳生は苦笑を返す事しか出来なかった。

その後もジャッカルは、風景や子ども達を写真に収めた。
目線を貰うばかりではなく自然な姿を撮る事も多くあり、掛け声合戦が熾烈化する事はなかったが。

「みてみて!おめん できた〜っ」

葉っぱのお面を顔に当て、保護者達の方へ走って来る赤也。
しかし視界が悪かったのか、途中でべしゃっと転んだ。

「赤也!!!」

「わっ!あかや、だいじょうぶかよ?」

傍にいたブン太が、様子を窺う。

「ぅ〜…ッ」

顔を上げた赤也は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。涙が零れる、一歩手前だ。

それでも我慢して上半身を起こすと、ぽんぽん、と頭にブン太の手の感触があった。

「よ〜し、あかやは強いなー」

「ぶんたくん…」

「あ〜、ちょっとすりむいてんな。ひろしに診てもらおーぜぃ」

ブン太は赤也の手をとって立たせると、手を繋いで皆の方へ…そして柳生の所へとやって来た。

「ひろし先生、シクヨロ!」

「はい。すぐに治してあげますからね」

立海道場専属医の柳生は、救急箱の準備も万全なのである。
赤也の傷を綺麗に洗い、素早く適切な処置をしていく。

「ブン太お兄ちゃんだね〜。えらいえらい」

「赤也もよく我慢したな」

「お前達もよく我慢したよな」

微笑む幸村と柳に、ジャッカルは言う。

転んだ赤也を見て思わずに駆け寄ろうとした二人が、なんとか踏みとどまってブン太と赤也を見守っていたのだ。

因みに、何も言わないまでも、真田も凄い形相をしていたのを、ジャッカルは知っている。

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

「ひろくんせんせー、ありがとお!」

「どういたしまして」

もう全く痛みが無くなり、赤也は泣き顔から笑顔に戻っていた。
手にした葉っぱのお面を、改めて皆に自慢する。

救急箱に道具を仕舞いながら視線を動かし、柳生は気付いた。

「おや?…雅治君の姿が見えませんね」

赤也が転ぶ直前までは、確かに三人一緒に居た筈なのに…。

皆も辺りを見回すが、確かにあの特徴的な銀髪が見当たらない。

「雅治が単独行動をするのは珍しい事ではないが、この辺りは比較的見通しが良い場所なのだが…」

「かくれんぼでもしているのでしょうか?」

悪戯好きな雅治の事だ。
何処かに隠れて驚かそうとしている可能性もある――と、柳生は考えた。

「私、ちょっと探してみますね」

「俺も行こうか?」

「いえ、ジャッカル君達は此方で待っていて下さい。そう遠くには行っていない筈ですから」

そう言って、柳生は一人で捜索に出た。


「…あ〜、やっぱのぼれんぜよ。どうしようかのう?」

その頃雅治は、腕の中の毛玉に語りかけていた。

赤也が転倒する前の事だ。雅治は微かな鳴き声を聞いた。

何処かから届くか細い声に耳を傾け、ふらふらと歩を進めた。

少し歩くと、丸太で出来た柵の向こう、山の斜面に、小さな毛の塊が見えた。

ねこじゃ……と思った時には、雅治はどうにかこうにか柵を乗り越え、落ちないように気をつけながら、ゆっくりずりずりと斜面を降りていった。

落ち葉の中で、上にも下にも行けず動けなくなったのか、一匹の子猫が鳴いていた。

「おまえさん、おかしな鳴き方をするんじゃな。もうすぐだれかが見つけてくれるはずじゃき、ちょっと待っときんしゃい」

雅治は、猫を救出したらすぐに戻るつもりだった。

しかし、降りる時でさえ手をついて慎重に降りて来たというのに、子猫を抱いたまま斜面を登れるわけがない。それに気付いた時には、もう後の祭りだった。

自分が戻らなければ、皆が探しに来る筈。待っていればそのうち見つけて貰えるだろうと、雅治はそんなに心配していなかったのだが、子猫は寒いのか、小さく震えている。

「そうじゃ」

子猫を膝に置き、そのダークオレンジの毛並みを撫でると、雅治は上着のポケットに手を突っ込んだ。

取り出したのは、雅治のお気に入り、しゃぼん玉である。

「風さんが はこんでくれるといいんじゃが…」

雅治はストローに息を吹き込み、出来るだけたくさんのしゃぼん玉を、繰り返し空に浮かせた。

「……あれはっ!?」

目論み通り、柳生がしゃぼん玉に気付いた。
急いで其方に向かい、しゃぼん玉の出所を確認するべく視線を廻らせる。

「雅治君!何処ですか、雅治君!?」

すると「やあぎゅ!こっちじゃ!」という声が返って来た。

「雅治君!!」

柳生が柵から身を乗り出すと、目立つ銀髪が視界に入る。

何かを抱きかかえた雅治が、目線だけを柳生に寄越した。

「何をやっているんですか君は!こんな所を降りて行くなんて、危ないじゃないですか?!」

「プリ…」

そう呟いて雅治が持ち上げたそれを確認し、柳生はやっと、雅治が抱いていたのは子猫だとわかった。

「まさか、その猫さんを助けたかったんですか?」

「鳴いてたんじゃもん…」

「…わかりました。雅治君、怪我はしていませんね?此方に手を伸ばせますか?」

柳生は柵を乗り越え、片手でその柵を掴み、もう片方の手を下に伸ばした。
云われた通り雅治も手を伸ばすが、片方が塞がっている上に足場も悪く、なかなか柳生には届かない。

「仕方ありません。すみませんが雅治君、もう少しだけ待っていて下さい。救援を呼んで来ます」

一旦柵の向こうに戻り、柳生が云う。

「ああ…、私とした事が、携帯電話をあちらに置いて来てしまうなんて…。雅治君!絶対に其処を動かないで下さいね!」

「ケロケロ」

雅治独特の返事(?)を聞きつつ、柳生は元来た道を戻った。

「大変です皆さん!雅治君が猫さんを助ける為に斜面を降りて行ってしまい、登って来られません!」


皆に事情を話し、ロープ代わりになる物や、猫を入れて運べそうな物を物色して舞い戻る。

「雅治君、まずは猫さんをこれに入れて下さい!」

柳生は、籠のように折り畳んだ自身の風呂敷を斜面に投げ落とした。

雅治は応じ、それを拾うと、中に子猫を入れる。まだ小さいので、余裕で収まった。

「いいか?では引き上げるぞ」

風呂敷の持ち手にした部分には、重箱を包むのに使っていた別の風呂敷を結び合わせ、紐状にしたものが通してあり、子猫が斜面にぶつからないよう、柳が慎重に引き上げる。

子猫はおとなしく風呂敷に入っていたので、ゆっくりだが確実に移動していく。

「ねこ がんばれ〜っ!」

上では、赤也が柵の下の段の丸太に乗っかり、身を乗り出して応援している。

「よし、到着」

上がってきた風呂敷に手をのばし、幸村が子猫を無事に回収した。次は雅治の番だ。

「雅治君、今真田君が其方に行きますから、おぶって貰って登って下さい!」

柳生が伝えるより先に、柵を越え真田が斜面を降り始める。

雅治もこれで両手が空いたので、真田にしがみついて戻って来れる筈だ。

「まさくーん!がんばれぇ〜〜…ッうわぁ!?」

「バカ!あかやっ!!」

ブン太の声で視線が集まった時には、赤也の身体は柵の向こうにずり落ちていた。

近くに居た柳やジャッカルが咄嗟に手を伸ばすが、間に合わない。

赤也は、斜面へと投げ出された。




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