立海一家シリーズ
□立海一家と消えた妖精
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「おれ、ま さ は る…な り………そ う こ…ん な か…や ぎゅう…へ…」
「おれ、雅治ナリ。そうこんなか…倉庫の中?柳生へ――という事か」
「ええ、区切られた語句の最初の文字を繋ぎ合わせるだけのシンプルな暗号です。この間彼と一緒に読んだ、児童向けのミステリー小説に似たようなものがありましてね。私なら解ると思ったのでしょう」
「跡部、聞こえた?」
『ああ、だが倉庫って何処の倉庫だ?人海戦術で片っ端から調べるとなると、秘密裏には無理だぜ』
「……このみ公園じゃねぇの?」
「ブン太!!?」
――子ども部屋。自身のベッドに座り、ブン太は俯いていた。
隣に座ったジャッカルが、その赤い髪をずっと撫でてくれている。
反対側では、眉を八の字に曲げた赤也が、おずおずと様子を窺っていた。
「おれ…なんにもできなかった」
不意に、ブン太が口を開く。
「ブン太…?」
その小さな声を聞き逃さぬよう、ジャッカルは顔を近づけた。
「まさが、つれてかれてんのに、なんにも…。もっと、大声出したり、抵抗したりすればよかった……なんで、おれ、なんにも、できなかったんだろ…」
吐き出した声は弱々しく、頬には涙の跡が残っている。
くしゃりと歪む顔を見て、ジャッカルは撫でていた手をぽんぽんと優しく弾ませた。
「咄嗟の事だったし、びっくりしたんだろ?お前だって、怖かったんだ。まだ子どもなんだから、何も出来なくて当たり前だ」
「でも、まさが…まさは、もっと……」
「大丈夫だ」
ジャッカルはブン太の頭を自身引き寄せ、また、緩やかに撫でつける。
「マサはきっと無事に戻って来る。犯人の奴ら、ウチを敵に回した事を後悔するだろうぜ。だから、お前は心配しなくていい。マサが戻って来た時、そんな顔してたら笑われちまうぜ?」
赤也もな、と付け足し、二人に笑みを向ける。
赤也は少しだけ表情を弛緩させたが、まだ顔を上げないブン太を見て、不安げに近づいた。
「ぶんたくん……」
はっと、ブン太は息を呑んだ。
自身の服の裾をきゅっと掴む、赤也の手に気づいたからだ。
その小さな手を、腕を辿り、視界に入れた赤也の顔。
目に涙をいっぱいに溜めて、ブン太を見上げていた。今にも泣き出しそうなのを、懸命に堪えながら。
「あかや…」
ぎゅっと、自身も赤也と同じように掴んでいた、ジャッカルの服を離す。
そして、ブン太は逆側の手で、赤也の頭をぽんっと撫でた。
「だいじょぶ。まさはきっと戻ってくっから」
見慣れたお兄ちゃん然としたその表情に、赤也の表情は明るくなった。
「うんっ!」と大きく頷き、笑みを取り戻した赤也を見て、ブン太は前を見据え、ベッドから立ちがある。
「おれが落ち込んでたって、まさが帰ってくるわけじゃないもんな。あの時まさといっしょに居たのおれだけなんだし、おれがしっかりしねーと」
そして勢いよく振り返ったかと思うと、いつものきりっとした目つきでジャッカルを見上げた。
「何やってんだよジャッカル!おれたちも行くぜぃ!まさ助けるのてつだうんだっ」
「ブン太…」
「おれもっ…おれも まさくん たすける!」
赤也も続いてベッドから降り立ち、拳を握る。
「よし!じゃあ、ゆきむらくんたちの作戦かいぎに合流だ!」
「おーっ!!」
先程とは打って変わってやる気満々なチビ二人を、ジャッカルはガバッと同時に抱き寄せた。
「ちょっ…何すんだよジャッカル!」
「じゃっくん!びっくりしたぁ〜」
「お前ら〜っ…本っ当に良い子だな!!」
暴れる二人を解放し、ジャッカルは立ち上がる。
彼を先頭に、三人はリビングへ向かった。
其処で目にしたのが、慈郎が映った動画だった。
「このみ公園じゃねぇの」
そのブン太の声を聞き、皆は此方を振り向いた。
「ブン太!大丈夫なのかい?」
幸村を始め皆に心配されるが、ブン太は一度フーセンガムを膨らませると、パソコンに近づいた。
「こいつ、まさなんだろぃ?ひろしがかいどくした暗号の中にばしょの名前がないなら、まさの言うことばの中にあるのは、このみ公園しかなくね?」
柳生を見上げて、ブン太は言い切った。
「しかし、場所を暗号にするのが難しく、メッセージに込める事が出来なかった可能性もある」
『第一このみ公園は金の引き渡し場所だぜ?そんな所に人質を監禁するかよ?』
柳の冷静な見解と、跡部の電話越しの反論を受けるが、ブン太が表情を変える事はなかった。
「その心理をついた作戦なのかもしれませんね。お金を受け取った犯人はその場から逃走するわけですし、もしその後警察の捜査が始まっても、受け渡し場所は受け渡し場所でしかないので見落とされるでしょう。あとは逃走後、頃合いを見計らって、人質は公園の倉庫の中だと連絡すれば良い」
柳生は眼鏡の位置を直しつつ、自分の推理を述べた。
「確かにこのみ公園には、緑道の北側に大きな倉庫があった筈だ。ならばすぐにその倉庫に向かえば、雅治を助けられるのではないか!?」
「いや、それは駄目だよ真田」
「何故だ幸村!?」
「誘拐犯というのは、追い詰められると何をするかわからない。捜査で居場所が割れてしまい、逆上して人質を殺害する例も少なくない。ブン太の証言、動画の雅治の目線の動きから、犯人グループは少なくとも二人以上。雅治は常に監視されている可能性が高い」
幸村の言葉を柳が引き継ぐ。
その場の空気が、一層張り詰めた。
赤也はまた泣き出しそうな顔になっている。
『金と樺地はスタンバイ済みだ。金さえ払えば無事に返してくれるんだ。まずは取引を成功させようじゃねーの。ジローの奴も、自分が無事に帰って来た時、雅治に何かあったと聞いたらショックを受けるだろうからな』
「…ジロくんが、なに?」
跡部の言葉に、ブン太が反応する。
「跡部の家に居た筈のジロー君が、居なくなったらしいんだ。ブン太は、何か聞いてないよね?」
無理に隠し立てするよりも、知っている事は無いか訊ねる方か得策だと、幸村はブン太の前に屈んだ。
「なんでまさが間違って捕まってんのに、ジロくんまでいねぇの?」
『それはこっちが聞きたいぜ。ジローの奴、家から一歩も出てねぇ筈なのに、忽然と姿を消しやがった』
「ジロくんはまさの格好してたんだけど、それで出てっても家の人が気づかなかったとか?」
『いや、使用人達はお前らが変装ごっこで遊んでいた事を知っているし、ジローが雅治の格好してたってすぐにジローだと気づく筈だ』
「そういえば、ブン太君は今日、慈郎君達と沖縄のお話をしたのですか?」
「え?ひろし、何で知ってんの?」
「雅治君は誰かの振りをする時、真似る人物をそれなりに観察してから実行します。御本人が以前話した内容を会話に組み込む事も多いので、過去の慈郎君とブン太君の会話を思い出して、暗号に活用したのかと思いまして」
それを聞き、柳が雅治のメッセージを再び再生した。暗号でいえば、「おれ、雅治ナリ」の部分だ。
『――おれぇ、まるいくんとぉ、「サーターアンダギー食べてみたい」って、話しててね〜、留守電聞いてくれた?なー、凛みたいに沖縄つれてってよあとべ!』
「…おれ言った!サーターアンダギーってヤツ食ってみたいって!るす電がどうとかは知らねぇけど、ジロくんも沖縄行きたいねって話してた!」
『岳人にも聞いたら、同じような事を言いやがった。沖縄くらい俺様が連れてってやるってのにあのバカは…!おいミカエル!ウチのビジネスジェットは今何処を飛んでやがる?!あーん?凛の撮影チームが乗ったEis flugelだ!無線で連絡しろ!!』