立海一家シリーズ
□立海一家と消えた妖精
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「跡部と連絡がついたよ」
幸村達は、立海家のリビングに集まっていた。
ブン太はまだ動揺している為、ジャッカルと共に子ども部屋に居る。赤也も、其方で一緒に待機させていた。
「やはり雅治は、跡部の所の慈郎君と間違えられたようだ」
今日、ブン太と雅治、そしてクラスメイトの岳人は、慈郎の家…即ち跡部邸で一緒に遊んでいた。
その中で、雅治がそれぞれの声真似を披露し、そっくりだと皆ではしゃいだ。
どうせなら変装もしてみようかと言った所で、おれ達もやりたいと、四人みんなで変装ごっこをしたらしい。
似たような鬘をかぶり、服を交換し、ブン太が岳人に、岳人はブン太に、慈郎は雅治に、そして雅治は慈郎に変装した。
幸村達がブン太に気付いたように、近しい者が見ればすぐに見破れるレベルだったが、使用人達は絶賛してくれた為、このまま帰って家族を驚かそうという話になったという。
岳人はブン太の格好のまま忍足家に、ブン太は岳人、雅治は慈郎に成りきったまま立海家に向かっていた。其処を狙われたのだ。
「そんな…雅治君…」
柳生が消え入りそうな声で呟いた。
『だがわからねぇ事がある』
跡部の声に、幸村達は耳を傾ける。
『身の代金の要求は、俺様の仕事用の携帯にメールで来ている。向こうは飛ばし携帯…。ジローの画像付きだ。確かにそっくりだが、俺様の眼力は誤魔化せねぇ。ジローじゃねぇ事はすぐにわかった。だが、本物のジローが何処にも居ねぇ』
「何だって…?」
『ジローにはGPS携帯を持たせてある。詳しくは言えねーが、ジローの脳波や声の周波数なんかの異常を感知するとセキュリティーが作動する防犯システム付きだ。これが反応してねぇ事や、画像のジローが雅治である限り、ジローも奴らに捕まっているとは考えられねぇ。なのに何故ジローが居ない?』
跡部も始めは、慈郎が誘拐されたと思った。
しかし、送られて来た画像を見る限り、写っていたのは慈郎ではない。
執事のミカエルに確認したが、帰宅するブン太達を見送った後、ジローが外に出た形跡は無い。だから部屋で眠っていると思っていたのだ。
ジローの不在が判明してすぐ、GPSで居場所を検索したが、電源が切られているのかわからなかった。
因みにセキュリティーシステムは携帯の電源とは別であり、携帯電話を持ってさえいれば作動する仕組みだ。
携帯電話は部屋の何処にも無かったので、ジローが持っている可能性が高いのだが…。
「そうか…それは心配だな。まさかジロー君まで居なくなっているなんて」
『あいつがまだ雅治の格好をしてるんならいいが、もし何処かで奴らに本物とバレてみろ。ジローも雅治も、どっちも危ねーかもしれねぇ。ブン太はジローについて何も言ってなかったか?』
「ブン太は雅治の事しか云ってなかったよ。随分動揺していたから、何か見落としがあるかもしれないが…。そういえば跡部、岳人君は其方に居るのかい?」
『ああ。岳人は無事に帰り着いたようだが、奴らは岳人の格好をしたブン太と遭遇しているだろうからな。万が一岳人に何かあるといけねぇと思って、迎えをやって家で保護した。忍足も一緒だ』
跡部が振り返った先では、俯きぎみに、岳人がソファに座っていた。
「おれのせいだ…おれが、変装したまま帰ろうって言ったから…」と、泣き出しそうな表情をしている。隣では、「岳人の所為やない。大丈夫やで」と、忍足が岳人の背中を撫でてやっていた。
『こんな事なら、全員車で送らせりゃよかったぜ!』
電話越しに舌打ちが聞こえた。跡部も焦っているのだ。
「跡部、君が悪いわけではないよ。あまり自分を責めないで。ジロー君も心配だが、雅治は頭の良い子だからね。犯人達が雅治をジロー君だと思っている限り、あの子は大事な人質だ。きっと無事でいてくれるだろうから」
『身の代金は俺様が用意するぜ。それで雅治を返すというなら、いくらでも出してやる。雅治はジローの身代わりになっちまったんだからな。奴らの指示通り警察には連絡してねぇが、ウチの特殊部隊が秘密裏に捜査をしている。雅治は、必ずお前達の所に返してやる!』
「ありがとう。頼もしいよ」
『ッ…何?見せてみろ樺地!!』
幸村との会話の途中、突然、跡部が声を荒げた。
『誘拐犯からまたメールが来た。今度は動画だ!樺地に其方へ転送させる』
やがて、立海家のパソコンがメールを受信した。
柳が主になってメールを開くと、本文は無い。
動画を再生すると、映っていたのは、何処か屋内に座り込み、カメラを見据える芥川慈郎。
「雅治君!」
『あ、もうしゃべってEの〜?』
否、彼を演じる、仁王雅治だった。
『やっほーあとべぇ!おれジロー!なんかねぇ、この人たち、お金に困ってるみたいなんだよねー。だからあとべ、お金わたしてあげて〜?1億円。そうしないとおれ、家に帰してもらえないんだってー』
雅治は慈郎に成りきり、カメラ目線で手を振ったり、時には笑顔を見せたりしながら、誘拐犯の要求を画面越しに伝えて来る。
此処までそっくりならば、犯人達を欺き通す事が出来るだろう。
雅治は、自分は慈郎ではないと告げるよりも、慈郎として助けを待つ方が得策だと考えたらしい。
『おれぇ、まるいくんとぉ、「サーターアンダギー食べてみたい」って、話しててね〜、留守電聞いてくれた?なー、凛みたいに沖縄つれてってよあとべ!…わぁ〜ごみんね!ちゃんと話すから!…えーっと……それでねぇ、受け渡し場所なんだけど〜、このみ公園の南入口。んでね、なるべくよるの7時までに、かばちゃんが一人で持って来て!…約束だよ〜?ぎゅうってあとべがしてくれるまでぇ、ヘタなことしないで寝て待ってるC〜。んじゃ、バイバーイ!』
「…っ柳君!もう一度お願いします!」
「比呂士、何かわかったのか?」
柳が再び動画を再生する。柳生は食い入るように画面を見つめた。
「跡部、ごめん。雅治が言ってる、凛って誰のこと?」
その間に、幸村が跡部に問う。
『あーん?おそらくウチに所属しているモデルだろう。沖縄出身で、今度出す写真集も沖縄で撮影するんだ。そういや今日から向かうと言っていたな。しかし、何故雅治はこの状況でこんな事を言い出しやがったんだ?』
「雅治なりに、よりジロー君に近づける為なんだろうけど、確かに気になるね…?」
『留守電がどうとか言ってるが、俺様の携帯にはそんなメッセージ残ってなかったぜ?』
「暗号ですよ」
柳生が、ディスプレイから目を離さずに言った。
「何だと!?」
真田もかじりつくように、繰り返し再生される動画を眺める。が、なかなか解み読く事は出来ない。
「成る程な。どうりで芥川慈郎を演じているにしては、喋り方に違った癖があるわけだ」
「蓮二!お前もわかったのか!?」
『おい!どういう事だ?勝手に話を進めるんじゃねぇ!!』
「跡部、ちょっと待って。今、柳生が解読したみたいだ」
柳生は動画の雅治と一緒に、ゆっくりと、途切れ途切れに言葉を紡いだ。