立海一家シリーズ

□立海一家とふしぎな虹
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「あの公園なら水道があるはずだ。行こう」

涼しげで、それでいて優しい目元。
赤也は泣くのも忘れ、その男の子の手を取っていた。

「ここ、どこ?」

男の子に連れられて公園に入った赤也だったが、その風景に見覚えはない。
よく遊びに行くこのみ公園とは違うし、遊具も見た事のないものばかりだ。

「ここは南湘南公園だ。おれはこのへんに住んでるわけじゃないから、あまり詳しくないけど」

男の子は低い位置にある水道の蛇口を捻ると、赤也の膝の傷口を洗ってくれる。

「おうち どこなの?」

「みどりかわ」

知らない地名の連続で、赤也は不安になった。
虹を見上げて走っていたから、随分と遠くに来てしまったのかもしれない。

「よし。これでオッケーだ」

いつの間にか傷口は洗い終わり、綺麗な和紙が当てられていた。

「でも絆創膏が無いな」

「これ、使う?」

別の子どもの声がして、二人は顔を上げる。
其処には、にこりと微笑み絆創膏を差し出す男の子と、その隣に、少しぶかぶかな黒い帽子を被った男の子が居た。

「あ…れ?」

何故だろうか。赤也はまた懐かしいような気持ちになった。

特に藍色の髪をした男の子の方は、最近何処かで見たような気がするが……思い出せない。

「良いのか?ありがとう」

瞠目する赤也の代わりに、おかっぱの男の子が絆創膏を受け取り、赤也の膝に貼ってくれる。

「きみたち二人とも、このへんの子じゃないよね?」

藍髪の男の子が訊ねると、おかっぱの男の子が「ああ」と頷く。

「おれは親戚のうちにあそびに来ていたんだ。この子は…」

そう自分に視線を向けられ、赤也は現状を突き付けられた。

知らない土地、知らない公園、知らない子ども達……つまり自分は、迷子だ。

一度は引っ込んだ筈の涙が、また、溢れ出す。

「おれ…おれぇ……おうち、わかんなっ…ここ…どこぉ…っ」

「ああ〜泣かないで?」
「たわけ!男ならかんたんに泣くな!」

びくっと、赤也は肩を震わせる。

「もう、きみはいつもそうやって怒鳴るんだから。この子がこわがってるだろ?」

赤也は耳慣れた単語に反応しただけで、驚きはしてもそれ程怖いとは感じなかったのだが、窘められた帽子の男の子は、鍔で顔を隠しながら小声で謝った。

「だいじょうぶだよ。交番にいけば、おうちに連絡してくれるから。ボウヤ、名前は?」

「あかや…きりはら あかや…っ」

「あかやくんだね。じゃあ、おにいちゃんといっしょに交番にいこう?」

「つれてってくれるのか?」

おかっぱの男の子が、藍髪の男の子に訊ねる。
彼はあまり土地勘が無い為だろう。

「うん。まかせて」

さ、いこう。穏やかな笑顔で差し出された、自分より少しだけ大きな手。
赤也は吸い込まれるようにその手を取った。

「にーちゃん、ありがとー!」

おかっぱの男の子に手を振り、精一杯のお礼を言う。
伏せた目を緩めて、彼は手を振り返し、見送ってくれた。

右手は藍髪、左手は帽子の男の子と手を繋ぎ、赤也は歩く。お使いの袋は、帽子の子が持ってくれていた。

「へぇ〜、じゃああかやくんは一人でおつかいの途中だったんだ?」

「うん」

「虹にむかって走っていたら、帰り道がわからなくなったのだな」

「…うん」

不安は未だ拭えないが、二人と手を繋いでいると、寂しい気持ちは無くなっていく気がする。

「でも気持ちはわかるなぁ。今日の虹、本当にきれいだし。かえったら絵に描いてみようかな」

「おまえは絵がとくいだからな。たのしみだ」

「おえかき すきなの?」

「うん。おれはよくお絵描きするよ」

「へ〜、せいくんみたいっ」

そう言葉にした時、赤也は思い出した。
この藍髪の男の子、昨日テレビで見た――でもあの写真は、確か……。

「あ…虹がきえちゃう」

彼がそう言うので、赤也は空を見上げた。

消えゆく虹に急に寂しさが蘇り、無意識に二人の手を離し走り出す。

「あ、あかやくん!」

「どうしたんだっ?」

それでも、なんとなく、今言わなきゃならないような気がして、赤也は振り返って叫んだ。


「ありが――と」


しかし、其処にはもう誰も居なかった。

何度か瞬きをし、持ち上げた赤也の左手には、帽子の男の子が持っていてくれていた筈の袋が握られていた。

「へ…?」

空を見上げるが、虹はもう何処にも無い。

「ああ、おったおった」

後ろから、なんだか気怠げ声が聞こえた。

「ダメだろ、風船放したら。飛んでっちゃう所だったぞ」

もう一つ、別の声がかかる。

風船という単語に、赤也ははっとして振り返った。
赤・青・黄。3つの風船を持っていたのは、その風船と同じ色のピアスをした中学生。隣のサングラスをかけた中学生と一緒に、赤也を見下ろしていた。

「あ…おれの ふーせん!」

赤也は手をのばしたが、中学生は風船を渡すどころかその手を退いた。

「あ〜かえせよ!おれの ふーせんっ」

「アカンな。お前が飛ばしてもうた風船をキャッチしてやったんは俺達やで?まず先に言う事があるやろ」

「あ…えっと……ありがとお!」

「ん。よう出来ました」

中学生は赤也の手にしっかりと風船の紐を握らせてくれた。

「今度は放すなよ?じゃあな」

サングラスの中学生が、赤也の頭をぽんぽんと撫でる。

「財前、意外と面倒見良いよな」

「アホか。ガキの相手なんめんどいだけやわ。自分こそさらっと頭撫でよって。意外と子ども好きやったんやな?室町」

「保護者の影響…かもな」

「あ〜そうかもしれん。嫌やわぁ」

そんな話をしながら去って行く中学生を見送る赤也。

二人は見た事のある制服を着ていた。
辺りを見回せば、見覚えのある風景。風船と同じ、ヤマ坊とブッキーちゃんの看板も見える。

「…かえんなきゃ」

赤也は袋と風船の紐を握りしめ、立海道場へと向かった。



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