立海一家シリーズ
□立海一家外伝
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【水面に映る空 〜幸村兄弟の話〜】
『今日の白虎ラジオは、特別ゲストをお迎えしてんで!』
『話題のセレブ兄弟ユニット 幸村兄弟から、弟の幸村太一さんです。どうぞ!』
『ダダダダーン!幸村太一です!よろしくお願いしますですっ』
『いや〜ようこそお越しくださいました』
『ウチらのラジオには無いめっちゃかわええ声をありがとう!絶頂っ!!』
『蔵、エクスタ禁止!太一くんの見た目的になんかシャレになんない!』
『そ、そんな……俺からエクスタをとったら、何が残るっちゅーんや…っ!!』
『え?白石さんかっこいいですよ?お歌も上手ですし、華もあるですっ』
『真面目に返さなくていいんだよ、太一くん。ネタだからね』
『佐伯さんもキラキラしてて、本当に男前ですよね。白虎ってとっても素敵だと思うです!』
『あ、あかんッ…何やこの純粋なオーラ…!これやばいでサエ!?』
『俺達のペースを乱すなんて…なかなかやるな、太一くん…!』
『はい?』
『…あ、そういうたら太一クン、今度展覧会やるんやて?』
『そうなんです!≪幸村兄弟展 水面に映る空≫、来年1月2日から17日まで、木の実美術館にて開催致します。初日は14時からオープニングセレモニーとして、イベントホールでトークショーを行います。最終日にはサイン会もあるです。サイン会は、会場で画集をご購入いただいた方が対象です。精市兄さまが描いた水彩画と、僕の油彩画、是非観に来てくださいっ』
「…っちゅーわけで、来たで幸村クン!」
「個展開催おめでとう」
白虎の二人は、揃って木の実美術館の幸村兄弟展を訪れた。
「ありがとう二人共。サエ君も来てくれたんだね」
「ラジオ収録の後、太一くんに招待状を貰ってさ。本当はもっとのんびり観ていきたいんだけど、俺はこの後、舞台があってね」
佐伯は申し訳なさそうに巧笑を浮かべた。
「来てくれただけで嬉しいよ。あ、お祝いの花も届いてるよ。あれは白石のチョイスかな?」
受付近くには、白虎名義のフラワーアレンジメントが飾られている。
「当然やで幸村クン。個展のテーマをイメージしてな……って金ちゃん、またかくれんぼかいな?」
白石の後ろに隠れるようにして、金太郎が立っていた。
ちらりと少しだけ顔を出して、幸村の方を窺う。
「金ちゃん、幸村クンにご挨拶せな」
「……おめでとーさん」
「うん。ありがとう」
幸村はやわらかく微笑みそう返すと、屈んで金太郎と目線を合わせた。
「ゆっくり見ていって?控え室には赤也達もいるし、飲み物やお菓子もあるからね」
「おかしっ?!」
「金太郎、何しに来たんやっけ?」
「あんな、ゆきむらのにーちゃんと たいちのにーちゃんに、おめでとーいいにきてん!」
「あれ?そういえば、太一くんは?」
「あ、白石さんと佐伯さん!」
パタパタと、軽い足取りでやってきたのは、今話題に上がった太一だった。
「やあ、太一くん」
「おめでとさん」
「おめでとさーん!」
「金太郎くんも来てくれたですね。ありがとうございますです」
太一はぺこりと頭を下げた。
「画集の売れ行きが予想以上だったので、追加の発注をして、今ある在庫を売り場に運んで来たです」
「ああ、それで亜久津クン連れてるんや」
太一の後方、不機嫌そうな顔で少し離れた場所に佇む亜久津を見て、白石が言う。
亜久津は「ああ゛?」と炯眼を向けた。
「太一は会場中を廻っているからね。ボディガードだよ」
「確かに、彼が居れば、ファンに囲まれて身動きがとれないなんて事にはならなそうだ」
佐伯は爽やかにそう評した。
「それにしても、どの作品も本当に素晴らしいな。絵を描いているとは聞いていたけど、これ程だとは。特にあの“水面に映る空”って作品、すごく綺麗だよ」
「ふふっ、ありがとう。あれは俺と太一の合作なんだ」
「ポスターや画集にも載せてるですが、好評を頂いていて嬉しいです!」
展示された数々の作品の中、一際目を惹く大きな絵画がそれだった。その絵の前では、今も多くの人々が立ち止まり、鑑賞している。
その中に、特徴的な黒髪を見つけた。
「なぁ、あれ亮クンちゃう?」
「本当だ。亮」
佐伯が声をかけると、亮は此方に視線を移し、幸村兄弟に会釈した。
そして、「ごめんごめん、つい見入ってたよ」と佐伯の傍らに歩み寄る。
「珍しいな。亮は絵画関係、苦手だったんじゃないの?」
「苦手なのは描く方だよ。観るのはわりと好き」
佐伯は幸村に向き直ると、彼を紹介した。
「彼は木更津亮。俺のマネージャーなんだ。太一くんは、こないだ会ったよね」
「はい!先日はラジオでお世話になったです」
「いや、こちらこそ」
「マネージャーって、以前うちに来た、観月君じゃないのかい?」
白虎の所属事務所の観月はじめが幸村兄弟をスカウトしに来た時、応対したのは太一だったが、幸村も話は聞いている。彼は白虎のマネージャーもしていた筈だ。
「観月クンはプロデューサーでもあるし、俺らの他にも仰山タレント抱えとるんや。全体のスケジュール組んだり、指導するんは観月クンやけど、個々の現場に配置されるマネージャーは別におんねん」
「ああ、そういう事か」
「最近は俺達も単独の仕事が増えたしね。亮はヘアメイクとかも得意で、現場に付いて来てくれると何かと助かるんだ」
「クスクス…髪には拘りがあるからな」
「しらいしの まねじゃさんはケンちゃんやねん!あとで むかえくる ゆーとった!」
未だに白石からは離れないものの、今までよりはだいぶ幸村に慣れたらしい金太郎が告げる。
「小石川です」
すると、低めの落ち着いた声が聞こえ……白石の背後、いつの間にか現れたその長身に、一同は目を瞠った。
「えっ!?健二郎おったん?いつから!!?」
「さっきからおったわ!お前の次の仕事にはまだ時間はあるが、俺も展覧会観たい思て早めに来てん」
「白石がいつもお世話になっとります」と頭を下げる小石川に、幸村兄弟は慌てて会釈を返す。
こんなに大きいのに気付かなかった…――とは、思っても口には出せなかった。
「ケンちゃんはな、しらいしが “あかしろうたばとる” でとるあいだな、わいの めんどーみてくれてん!きょうもな、しらいし ゆうがたから しごとやねんけどな、ケンちゃんのとこで ええこに しとったら、いっしょに つれてってくれるんやて!!」
金太郎は頬を桜色に染めながら、一生懸命語った。
「そうか。良かったね、金太郎くん」
白石が仕事の際、立海家でも金太郎を一時預かる事がある。その時の金太郎はいつも楽しそうで、赤也達と仲良く過ごしているが、やはり保護者の白石と一緒に居られるのなら、その方がより嬉しいのだろう。
幸村は、目許を緩めてそう言った。
「精市兄さま、そろそろセレモニーのお支度をしないとです」
「ああ、そうだね。では俺達は失礼するよ」
オープニングセレモニーまで、あと30分強。2階にあるイベントホールは、そろそろ開場が始まる頃だ。
幸村兄弟は白虎一行と分かれ、一旦控え室に戻った。
入れ替わりに、立海一家の面々が会場に向かう。
立海家にももちろん招待状を渡してあり、彼らは一般客とは別の来賓席だ。
「せいくん、たいちくん!おれたち きゃくせきで みてるからね!ばいばーいっ」
「うん、ばいばい。後でね」
二人は衣装や髪を整えつつ、セレモニーの最終確認をした。
そのうち美術館のスタッフの滝萩之介が呼びに来て、幸村兄弟も会場に移動する。
「あれ?亜久津先輩が居ないです」
控え室を出た時、太一が言った。
亜久津は別にマネージャーでも付き人でもないので、始終幸村兄弟に付いているわけではない。
ふらっと居なくなる事くらい日常茶飯事なのだが、此処から会場までの道程はボディガードとしてついて来ると、太一は思っていたのだ。
「煙草でも吸いに行ったんじゃないかな?大丈夫。もうセレモニーの時間だし、騒ぎになるような事はないよ」
「そうですね」
滝に案内され、ステージの袖に辿り着く。
一人一本ずつマイクが渡され、滝自身も最初の挨拶の為、マイクを握った。
「木の実美術館にお越しの皆様、お待たせ致しました。これより≪幸村兄弟展 水面に映る空≫ オープニングセレモニーを開催致します」
ステージに立つ滝が、下手で待機している二人を呼び込む。……その前に、
「太一」
幸村は密やかに、太一を呼んだ。
「はい?」
「いつも俺を支えてくれてありがとう。この展覧会が出来たのも、太一のお陰だよ」
「え…?」
「観月君とか、木更津君とか、小石川君とか…いろんなタイプのマネージャーがいるけど、幸村兄弟のマネージメントは、太一にしか出来ないと思ってる」
「……兄さま?」
今から出番だというのに突然そんな事を云われ、太一は意図を掴めない。
「では早速、幸村兄弟のお二人に御登場いただきましょう」
「…!」
その時太一は、上手側の舞台袖に、居なくなっていた亜久津の姿を見た。
「さあ、いくよ」
何が何だかわからないまま、幸村と共にステージの真ん中に歩み出る。
客席から割れんばかりの拍手と共に、一斉に同じ言葉が紡がれた。
幸村兄弟と入れ替わりに捌けた滝が、上手から大きなワゴンに乗ったケーキを運び、戻って来た。
太一は咄嗟に上手側を見るが、亜久津はもう居ない。肩越しに同じ方向を一瞥した滝が「やるねー」と呟く。
傍らの幸村を見上げると、その瞳は、優しく太一を見つめていた。
「ぁ……ありがとうございます、ですっ」
何故、展覧会の初日が今日だったのか、太一は漸く理解して、相好をくずした。