立海一家シリーズ
□立海一家のちいさいお話
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小ネタ文(風邪編)
【ブン太の場合】
今日も、いつもと変わらぬ立海家の朝。
皆で食卓を囲み、おいしい朝食を摂っていた……のだが――
「プリィ…このおかず もういらんぜよ。ブン太食うか?」
「雅治君、君はまたブン太君に…」
「……いらね」
ガタガタッと。立海一家の食事時にはあるまじき物音を立て、皆一様にブン太を見た。
「どうしたんだブン太?!!」
雅治の申し出を断ったばかりか、自分の食事にさえあまり手をつけていないブン太の様子に、ジャッカルが驚愕の声を上げる。
「なんか…食えね……きもちわりぃ」
これは、尋常じゃない。
「柳生!診察っ!!」
「はいっ!」
柳生の診察で、ブン太は風邪と診断された。
微熱ではあるが発熱もしていて、何よりも食欲が無い。
ブン太は学校を休む事になり、雅治は一人で登校した。
子ども部屋のベッドに横たわるブン太を見て、赤也は至極動揺していたが、柳が諭し幼稚園へ連れて行った。
もちろん、どちらにもちゃんと朝食を食べさせて。
「ジャッカル…メシ食いたい…でも、食えねーよ……」
弱々しい声を出すブン太に、ジャッカルは眉宇に皺をつくる。
「ああ、つらいな。けど、今は無理して食べない方がいいって比呂士も言ってたし……経口補水液だ。飲んどけ」
「ケーキ……シュークリーム、チョコ、ハンバーグ、スパゲッティ……食べたいのに、食べたくねー……」
「治ったらいくらでも食わしてやっから、な?」
「ジャッカルぅ…手ー」
「わかってる。ちゃんと居るから」
瞳を揺らすブン太の手を握ってやり、ジャッカルはその赤い髪を撫で続けた。
学校では、雅治からブン太の欠席を告げられた慈郎が大慌て。
「うそっ、まるいくんが?!ごはん食えないの!!?そんなに体調わるいなんて!はやく病気なおしてあげなきゃっ…うわぁあぁああん!たすけてあとべ〜!!まるいくんが死んじゃうっ!!」
「おちつけってジロー!ただの風邪だろっ」
岳人の制止も聞かず、慈郎から跡部に連絡が行き、跡部が「最先端医療の病院を紹介してやる!早く乗れ!!」とヘリで立海家を訪れ、「ただの風邪だ!医者なら間に合っている!!」と真田に一喝され、ならば見舞いだと高級フルーツやスウィーツの手配を始めたが、「今食えへんのに酷やろ」と岳人から連絡が来た忍足が止めに入り、結局「治ったら食べてね!」というメッセージと共に大量のポッキーを持って雅治は帰宅した。
そして、食べられなかった分を補う為か、体調が回復した後のブン太の食欲は凄まじかったという。
【雅治の場合】
「ただいま〜!」
「プピーナ」
ブン太と雅治が学校から帰って来た。
「ぶんたくん、まさくん!おかえり〜っ」
手を洗って、ジャッカルがおやつを持って来てくれるのを待つ。
おやつを食べたら、今度は稽古だ。
赤也とブン太は着替えて道場へ向かった。しかし雅治は、一人医務室へ。
「おや、雅治君。またおサボりですか」
そう言いながらも、白衣姿の柳生は、ベッドに向かう雅治を止めはしない。
「今日もおねむなんですか?全く、君は本当に此処で休むのがお好きなんですね」
ベッドに近付き、その銀髪を撫でてやる。
眼鏡の奥の双眸が、鋭さを増した。
「まさか雅治が体調を崩していたとは…。申し訳ない、気が付かなかった。俺のデータ不足だ」
「あの子、元々肌が白いし、顔色の変化も判りづらいんだよね。よくあの高熱で学校に行ったものだよ」
「まんまと騙されてたってわけか、俺達……」
「たわけが…!こんな事で皆を詐欺にかけてどうするのだ!!」
雅治はそのまま医務室で柳生が看病している。
ブン太も赤也も心配そうだが、雅治が自室より医務室の方が良いと言ったのだ。
「普段は体温が低めの君が、こんなに熱いなんて……どうしてもっと早くに気づいてあげられなかったのでしょう。私は医師失格です」
「……やぎゅ…」
「君の嘘なら見破れる自信があったのに…」
「うそなんか…吐いとらん」
「ええ。嘘どころか、何も言ってくれなかった。どうして隠すんですか!子どもなんだから甘えれば良いんですよ?」
「……ここ、来たじゃろ…やぎゅうんとこ」
「……っ」
雅治はただ稽古をサボりに来たわけではなく、柳生先生の所に来たのだ。彼ならきっと、治してくれると。
柳生は、雅治の顳に滲むの汗を拭うと、タオルを換えた。
「すぐに治してあげますよ。雅治君」
「ピヨッ…」
ふと、窓の方から音がして、視線を向けると、硝子越しににゃあんすと鳴くしい太が居た。
「ほら、しい太君も心配していますよ」
「治ったら、いっしょに寝てやるぜよ…ちょっと待っときんしゃい」
「良いですね。暖かそうで」
今度から詐欺を見破る為には、声のトーンの他に体温や脈拍のチェックも必要ですね、と。柳生が大変医者らしい考察をしていた事を、雅治はまだ知らない。
【赤也の場合】
「おはよう皆。朝だよ」
「ゆきむらくん おはよっ!」
幸村が子ども部屋に入ると、ブン太は既に着替えを終えていた。
雅治は「プリ…」と目を擦りながらのろのろと起き出し、赤也はまだベッドの中だ。
「赤也〜?朝だよー」
何度か揺すってやると、身じろぎ、薄く目を開けた。
「さぁ、もう起きる時間だよ。ブン太はもう降りてったし、雅治も着替えてるよ」
「…ぅ゛……」
寝起きの掠れた声を漏らし起き上がる。
「おはよう」と笑みを向ける幸村に対し、赤也も「おはよう」と返した……つもりだった。
「ぉ……ぁ゛……」
「赤也?」
「ぁ゛……っ…?」
次の瞬間、赤也は幸村に抱き上げられ、一階へと運ばれた。
「扁桃腺が腫れています。風邪ですね」
それで声が出にくくなっているのだと、柳生は告げた。
今のところ熱も無く、赤也自身も元気なのだが、これから発熱する可能性もある。
「出にくいどころか、全然喋れないじゃないか…。今日は幼稚園お休みだね」
「っ…!」
赤也はぶんぶんと首を振った。
口をぱくぱくさせながら、自分は行けると訴える。
「たわけ!悪化したらどうする!今日は大人しくしていろッ!!」
真田の怒号に、しゅんと頭垂れる赤也。
おずおずと柳の服を引っ張ると、「今日はゆっくり休め。早く治して幼稚園へ行こう」と優しく頭を撫でられ、諦めるしかなくなった。
ブン太と雅治が登校し、赤也は一人子ども部屋で寝ていた。
喉は痛いが動き回る事は出来るのに、病人扱いされているようで不服だった。
「赤也、入るぞ」
柳の声がして、扉が開いた。
持って来てくれた食事がお粥だったので、赤也は「ふつうの ごはんがいい」と文句を言いたかったが、声が出ないので口パクだ。
「喉を通る時に痛むだろう。粥の方が良い」
「ぉ゛…ッ……ぅ…?」
「『おれの いったこと わかるの?』と言っているな。お前の表情と口の動き、漏れる空気の音なんかで、何を言いたいか解るぞ」
「…ぃ゛……ッ…ぇ!」
「『やなぎさん すげー!』か。あまり無理をして声を出さない方がいい。良くならないぞ。お前は感情が顔に出るからな。表情だけでもだいたい解る」
さぁ、食べろ――と、柳が茶碗によそったお粥を差し出す。
赤也は何度か瞬きをすると、茶碗を受け取らず、あーんと口を開けた。
「『食べさせて』という事か。先程まで病人扱いが嫌で、不機嫌だったのは何処の誰だったかな」
赤也は構わずもう一度口を開ける。まるで餌を待つ雛鳥だ。
柳は「仕方がないな」と目許を緩め、お粥を乗せたれんげを赤也の口に運んだ。
「皆には内緒だぞ、赤也。弦一郎は甘やかし過ぎだと怒るし、精市は羨ましがるだろうからな」
嬉しそうにうんうんと頷き、雛鳥はまた大きく口を開けた。