□仲直りのしるし
2ページ/5ページ



「…何スか」

部室に入るなり、俺は低い声を出した。

「赤也。何がそんなに気に入らないの」

「別に…アンタに関係ねぇし」

本当は月乃先輩の事も原因の一部…いや、寧ろ今のイライラの最大の要因だったけど、話す気になれない。
俺は視線を逸らした。

「嘘。言いたい事があるならはっきり言いなさい」

「…ウゼェ」

俺は月乃先輩からラケットを奪い返した。

「関係無いって言ってるじゃないっスか。俺もう戻るから」

言いながら、ドアへと向かう。

「赤也…!」

「…るせぇんだよっ!!」

苛立ちは募り、俺は振り払うようにラケットを振り上げた。

「…っ!?」

足元に叩き付けられる筈だったそれは、途中で動きを止める。

月乃先輩が、俺の腕とラケットを、掴んでいた。

「先輩…」

「気に入らないのが私なら私に当たればいい」

「…」

「赤也…本当は我慢してるんでしょう?私を傷つけないように、苛立ちを物にぶつけてる」

「…俺は…」

そんな事考えてるわけじゃない。

俺は…ただ当たり散らしてるだけで…。

「私には我慢しなくていいから。こんな事しないで、私にぶつけて」

「…そんな事っ!」

俺はラケットを手放し、月乃先輩を間に、両手を壁についた。

月乃先輩と間近で目が合う。
少し驚いていたが、視線を逸らす事は無かった。

「出来るわけないじゃないっスか…」

俺の方がその目を見ていられず、顔を伏せてしまった。

「赤也…」

「…そんな事言わないで下さいよ…。俺…キレたらアンタに何するかわかんねぇ…」

壁から手を退けたが、月乃先輩は動かなかった。

「大丈夫」

「…っ?」

その言葉がどういう意味かわからなくて、俺は顔を上げて月乃先輩を見た。

「大丈夫だから」

もう一度そう言った月乃先輩の表情は、とてもやわらかかった。

何で?何が?どういう意味?

俺は、アンタを、傷つけるかもしれないに…。

「赤也」

月乃先輩が、力の抜けた俺の手をとった。

ラケットを拾い、俺の右手に握らせる。

「私は大丈夫。赤也から、逃げたりしない」

「月乃…先輩…」

俺は、慎重に、手をのばした。

「…これ、とって下さい」

「え…?」

『これ』が指すものがわからないのか、月乃先輩は聞き返した。

「この髪に付いてるヤツ」

触れるか触れないかの場所に手をやった俺がそう言うと、月乃先輩は髪の結び目に触れた。

「浦山に貰ったこれっスよ」

月乃先輩より先に、勝手に髪を解いた。

スルリと簡単にとれたシュシュは、床に落ちる。
月乃先輩がそれを拾った。

「これが原因で不機嫌だったの?」

「それだけ…じゃないっスけど…」

朝登校中に格ゲーやってたら真田副部長に見つかってDS没収されて、せっかく最短KO記録が出るところだったのに!…とか。
休み時間、気持ち良く昼寝してたら、顔に落書きされて、起きた後近くの席の奴らがやたら俺の方見てるなぁとか思いながらトイレに行って気付いて、一体誰の仕業だ…見つけ出して絶対ぇ潰してやる!!と思った事とか。

今日あったいろんな事が積み重なって、どんどん機嫌が悪くなって、練習も上手くいかなくて、月乃先輩と浦山を見て…最悪になった。


「外周」

突然届いたその声。
反応して振り向けば、ドアのところに幸村部長が立っていた。

「行っておいで、赤也」

厳しい眼を向けながら、でもその声は静かで優しかった。

「幸村くん」

月乃先輩が、何か言いたげに幸村部長を見たが、その言葉は覆らなかった。

「…うぃっス」

そう返事をして、俺は幸村部長の横を通って部室を出た。

「好きなだけ走って、頭を冷やして来るといいよ」

擦れ違い様、そう言われ、俺は走り始めた。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ