立海一家シリーズ

□立海一家と不思議な犬
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【しろがねの獣】


夜、立海家に泣き声が轟いた。

「うわああ"ぁあん!!やだやだぁああぁあ!!」

驚き、ブン太が目を覚ました。
隣のベッドを見れば、身体を起こした赤也が叫び声を上げている。

「あかや…?おい、どうしたんだよ あかや!」

「いーやぁ!うわぁああぁあ!!」

心配してのばした手が払われる。ばたばたと暴れる赤也を成す術無く眺めていると、「しい太、こっち来んしゃい」と今日は赤也のベッドで寝ていたしい太を雅治が抱き上げ避難させた。
雅治もまた、困惑の表情をしている。

「おれ、みんな呼んでくるっ」

ブン太が部屋を出て行くと、廊下には既に、騒ぎを聞いた保護者達が駆けつけていた。

「赤也の泣き声がしたぞ」

「何があったのだ!?」

「せいくんっ…せいくん!わああぁあ"ぁ!!」

「赤也?俺なら此処に居るよ?どうしたんだい赤也!?」

名を呼ばれた幸村が抱き締めようとしても、赤也は狂ったように暴れ続けた。柳や真田、他の誰が手を差し伸べても同じだ。
それでも声をかけ続けて十数分後、赤也はぴたりと動かなくなり、何事もなかったかのようにすぅすぅと寝息を立て始めたのだった。



「……っていう事が何回かあってね」

気持ちを落ち着けるようにハーブティーを一口飲むと、幸村はカップをソーサーに戻した。

「そらまた、大変やったな」

相対しているのは白石。此方も同じようにカップを傾ける。

「夜は基本的にぐっすりで、夜泣きだってそんなにしない子だったのに……」

「原因とか、わからんの?」

「柳生は、夜驚症じゃないかって」

道場の方角を、憂いを帯びた表情で見つめる幸村。
遊びに来た金太郎を交え、赤也はブン太や雅治達と元気に遊んでいる。
夜の事は、本人はいつも覚えていない。

「最近は蓮二の部屋で寝かせてるんだ。呼ばれてるのは俺なんだから俺が一緒に寝るって言ったんだけど、対処法を知る為にはデータが必要だって」

「夜驚症、なぁ。深い眠りの時に怖い夢見たりして、部分的覚醒状態になるっちゅう…」

「ブン太や雅治は無かったんだよ。だから心配で」

「金ちゃんも一時あったわ」

「金太郎くんも?」

「詳しく聞かせてくれないか」

幸村が身を乗り出すと、リビングに入って来た柳が隣に腰を下ろした。

「金ちゃんの場合、そんな何回も無かってんけどな。俺がドラマの収録忙しゅうて、暫くまともに帰れんかった時があってん」

白石は思い出すような仕草をしながら、ゆっくりと話した。

「夜は謙也ん家で預かって貰っとって、そん時は普通やったらしいんやけど、俺がやっと金ちゃんと寝れるようになった頃に、夜突然起きて暴れだしてな、泣きながら『しらいし、しらいし』って呼ぶねん。『俺此処におんで、大丈夫やで』って言うても、全く聞こえてへんみたいでな。治まるまでどうしようもなくてなぁ」

「それは…」

「暫くしたらまた眠って、朝には何も覚えてへん。謙也に相談したら、やっぱ夜驚症ちゃうかって云われたわ」

俺がおらんくなる夢でも見たんかなぁ、と白石は苦笑した。

「けど、君が居ない時には無かったんだろう?赤也だって、俺が家に居る時だったのに」

「稀に、『せいくん』の他に『ゆきむらぶちょう』と叫ぶ時もあるのだが……」

「は?何それ、俺知らないよ蓮二!?」

舌足らずで聞き取りづらかったからな。そう言った後、柳は棚に飾られた中学時代の写真を一瞥し、再び口を開いた。

「何故赤也がその呼び方を口にするのかは定かでない。しかし、精市が部長という役職に就いていたのは中学と高校……飽くまでも仮説だが、その頃の精市の夢を見ているのではないか?」

「ちょお、幸村クン…学生時代入院してたやんな?」

「中学の時にね。けどもう完治してるし、至って健康だよ。こないだの人間ドックだって……あっ!!?」

幸村は勢い良く立ち上がると、インターフォンの受話器を掴み、道場へと繋げた。

「あ、ジャッカル?真田こっちに寄越して、大事な話があるから!」


呼び出された真田は子ども達をジャッカルと柳生に任せ、リビングへ到着するなり、正座を強いられた。
彼の前には、腕組みをした幸村が立っている。

「い、一体どうしたというのだ…幸村?」

酷く腹を立てた様子の幸村に、真田は慎重に言葉を紡ぐ。

「真田、この前俺が人間ドックで二日間検査をするって言った時、自分がどんな反応をしたか覚えてるかい?」

「何?」

質問の意図がわからないといった様子の真田に代わり、幸村が何を云いたいのかを一早く把握した柳が答えた。

「弦一郎は至極狼狽していたな。もしや精市の病が再発したのではと。検査の為に朝食を抜いているというのに、食欲が無いのかと動揺し、病院に付き添うとまで言い出した。二日かかるというだけで入院だ何だと騒ぎ、子ども達にも不安を与えていたな」

「そ、それはっ…俺は幸村が心配で!!」

「健康診断くらい誰だって受けるだろう?具合が悪いわけじゃないって何度も言ったのに真田は!」

「あ〜つまり、真田クンの尋常でない態度に子どもらが不安になって、今回特に赤也クンが過剰に反応したっちゅう事?」

そろ〜っと手を挙げ、白石が意見を述べる。
柳が目を伏せたまま、おそらく、と頷いた。

「あの後きちんと検査について説明し、心配無いと告げておいたのだがな。赤也は過去に精市がインフルエンザにかかった時も過剰に心配し、精市の部屋に乗り込んだ事もある。感染しなかったから良かったものの…」

「ああ、『インフルレンジャーは おれがたおす!』ってヤツやな」

「あの時も弦一郎が悲壮な顔をして、『いいか?幸村は今、インフルエンザと必死に闘っておるのだ!だが幸村は負けたりせん!ウイルスに打ち勝ち、きっとまた元気な姿を見せてくれる筈だ!今は辛くとも、必ず!!』などと大袈裟に話した為だったな」

「すまん……しかし、その話と赤也の夜泣きと、どう関係があるというのだ?」

「夜泣きじゃなくて夜驚症だってば」

幸村は改めてソファに座り直した。

夜泣きは浅い睡眠の時に起こり、部屋の電気を付けたり声をかけたりすれば、目を覚まして泣きやむことがある。
しかし、夜驚症は深い睡眠状態から急激に目を覚ます為、脳の一部は覚醒したが他の部分は眠ったままという中途半端な状態になり、どんなに言葉をかけても届かない。……と、柳生に教わった。

きっかけは様々で、何らかの刺激になるような出来事、緊張や不安や恐怖が原因となっているのではないかという説もあるという。
幸村は、真田の自分に対する大仰な態度が誘因ではないかと思ったのだ。

「成る程、精市が病気かもしれないという不安が、そのような夢を見せている可能性もある」

「俺の所為、なのか!?」

「でも、そうだとしても対処のしようが無いな。俺は健康だよって言ったところで、伝わらなきゃ意味が無い。白石、金太郎くんはどのくらいで症状が治まったんだい?」

成長と共に消失するのを待つしかないのだろうかと言外に訊ねると、白石は意外な笑顔を見せた。

「実はな、めっちゃ不思議な話やねんけど、お犬さんのお蔭で治まってん!」

「犬???」

「せや」と頷き、白石は語り始めた。

その夜も、金太郎は「しらいし おやしゅみ〜」と機嫌良く就寝したのだが、眠りについて三時間程すると、突然目を開けた。
やはり突然泣き出して、声をかけても抱き上げようとしても暴れ続け、白石を困らせていた。

そんな時だった。何処からともなく、その犬が現れたのは。

神々しい、熊と見紛う程大きな、白銀の犬。

戸締まりはきちんとした筈やのに……と白石が驚いていると、犬は金太郎に近付き、その頬をぺろりと舐めたのだ。

「そしたら金ちゃん、途端におとなしゅうなってな。その後お犬さんに顔すりすりされると、ひっくひっく言いながらも目ぇ閉じんねん。んで、気ぃついたら眠っとったわ」

一旦区切り、三者三様の驚いた顔を見回すと、やっぱ信じられへんよなぁと呟いたが、白石は話を続ける。

「お犬さん、いつの間にかおらんようになっとったし、夢やったんかなって思っててんけど、それから金太郎が泣いて起きる事は無うなってん。金ちゃん本人もその事覚えてへんかってんけど、数日後出先で迷子んなってなぁ、俺が必死で探しとったら、『しらいし〜、ぎん おったで〜』とか言いながらあのお犬さんに跨って現れるもんやからびっくりや!」

「え、その犬本当に存在してたって事?」

「みたいやで」

「ぎん、とはその犬の名前か?」

「金ちゃんが言うにはな」

「金太郎は動物と会話が出来るのか!?」

「実は野生児な金ちゃんなら有り得るかもて思うてた。せやけどな、何でか銀の云いたいことは俺にもわかんねん。言葉で会話するわけやないんやけど、心が伝わるっちゅうか……とにかく、銀が特別なんやと思うわ。あいつ神仏の類なんとちゃうかな?」

最後は少し冗談めかしていたが、白石の双眸は常に真摯だった。
カップを持ち上げ、少し温くなってしまったハーブティーを飲み干す。

「どうも金太郎がお世話になりましたって思いで撫でてみたら、とんでもあらへんって慈悲深い瞳向けられてん。まぁ金ちゃんは『ぎん おおきに〜』ってはしゃいどったけど。そんでな、この話、報告も兼ねて謙也にもしたんよ。そしたら『それ光の師範やで!』って言うんや。光もちっさい頃に助けて貰てたんやて。ほんま不思議なお犬さんやったわ」

柳が席を立ち、ポットに新たなお茶を用意して戻って来た。
それを白石と幸村のカップに注ぎ、自身と真田には緑茶を煎れる。
その湯気のお蔭か否か、ほんのりと空気があたたかくなった。

「凄いね。俺も逢ってみたいな、その銀って犬」

「何やいろんなとこ旅しとるらしいねん。今頃、何処におるんやろなぁ」




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