立海一家シリーズ

□立海一家と御近所さん達 弐
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【おやつのじかん】


ある暑い日の事、稽古の後で雅治が、「かき氷食いたいぜよ」と言うので、ブン太も賛同し、一緒に出掛ける準備をした。
すると、「おれも いきたいっ」と赤也がちょこちょこ追いかけて来て、子ども達は揃って近所の駄菓子屋に向かった。

「こんにちはー!!」

ブン太を先頭に店に入ると、店主の樹が「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれる。
足元で剣太郎も「わんっ」と鳴いた。赤也がよしよしと頭を撫でやった。

「かき氷ください!」

ブン太が三人分の代金を渡す。家を出る時に、柳からお金を預かっていた。
この中では自分が一番お兄ちゃんだと思っているブン太は、こういう時は率先して動くのだ。

「おれ いちご〜!!」

「おれはメロン!まさは?」

「ブルーハワイにするナリ」

「は〜い。ちょっと待っててくださいね」

駄菓子屋“いっちゃん”では、夏場はかき氷も売っている。
三人はわくわくしながら、カップの中で雪のように降り積もる、ふわふわな氷を見つめていた。

「あれ?しいただっ」

それぞれがかき氷を受け取って、店内のベンチに並んで食べていると、にゃあんすと声がした。

挨拶をしたつもりなのか、しい太はてこてこと店内に入って来て、剣太郎の前でまた鳴いた。
剣太郎は嬉しそうにしっぽを振っている。

「なんじゃ。おまんら知り合いか?」

「なかよしなの?」

二匹の様子を、雅治が興味深そうに見つめ、赤也は足をパタパタさせながら眺めた。

「しい太くんはよくこの辺をお散歩してるのね。剣太郎とお友達になったみたいですよ」

樹はしい太用に小さなかき氷を作ってくれた。

「どうぞなのね。はい、剣太郎も」

剣太郎としい太が、樹から貰ったかき氷を喜んで食べる。

「よかったな!しいたっ」

「ねこはいろんな所をパトロールしとるからのう」

「タヌキみたいな猫さんも時々来るのね。みんな、仲良しさんなのね」

「ごちそうさま〜!次は菓子買うぜぃ!」

「へっ!?ぶんたくん、もう たべたの?」

いち早くかき氷を平らげ、ベンチからぴょんっと降り立ったブン太。
赤也の驚いた声に、ピースサインを返す。

「おれの ほんとの目的は菓子だろぃ」

そして、次々と駄菓子を選んでいく。
もちろんかき氷も目的の一つではあったのだが、ブン太にとっておやつとは、もっとお腹にたまるものなのだ。

「わ、まって!おれも おかし ほしい!」

自分もお菓子を買って貰いたいと、本気を出して早食いしようとする赤也。

「あ、駄目なのね。そんなに急いで食べたら、頭が痛くなるから…」と、樹が心配する。

「そうだぞ赤也。お前の分は後で俺が買ってやる。だから落ち着いて食べるといい」

雅治が柳の声真似をしてやると、赤也は反射的に「はあい」と返事をした。
そして、いちご色の舌でぺろりと唇を舐め、その後はおとなしくかき氷を食べ進める。

その遣り取りを見た樹は、思わず感嘆の声を上げた。

「雅治くん凄いのね〜。今の、そっくりだったのね」

「プリッ」

雅治は、溶けて少し薄くなったブルーをこくりと飲み干すと、べっと舌を出した。
傍らの硝子戸に映して見たそれが青くなっているのに満足し、密かに口角を上げる。

「ブン太が菓子に夢中になったときは、おれがあかやのお守り役じゃき」

そう言って、空になったカップとスプーンを、備え付けのゴミ箱に捨てる。
足元に擦り寄って来たしい太を一撫ですると、赤也が食べ終わるのを静かに待った。

「よお〜、立海道場のちびっ子達じゃねぇか!」

すると、入口の戸が開き、黒羽と天根が現れた。
今日は非番なのか、警官の制服ではなく私服を着ていて、天根の方は両手でダンボールを抱えている。

「お帰りなさい。二人共」

「わん、わんっ!」

このみ交番のお巡りさんである二人が、揃って樹と剣太郎に「ただいま」と返すのを、赤也はきょとんとした顔で見つめていた。

「バネさんたち、おうち ここなの?」

「ああ。この店の奥が家だ。六角荘っていうんだぜ!」

「シェアハウス。皆で住んでる」

「みんな?バネさんと、ダビデと、いっちゃんも、けんたろーもいっしょ?」

「そうですよ。でもあと三人居るのね」

「お、その内の一人が来たぞ!」

待ってましたとばかりに黒羽が外へ出ると、其処には四角く大きな物を抱えた首藤が居た。

「聡もお帰りなさい」

「ただいま。七輪出して来た」

首藤も黒羽と天根と一緒に帰って来たのだが、先に住居の方に寄り、七輪を持って此方に来たのだという。

「よし、早速焼こうぜ!」

「うぃ」

そして、天根が持っていたダンボールから出て来たのは、大量のトウモロコシ。それを七輪で焼き、焼もろこしにしようというのだ。

「すっげぇ!!」

駄菓子を抱えたブン太が瞳を輝かせた。

七輪はバーベキューも出来そうな程大きなもので、その網の上にトウモロコシを乗せて、炭火で焼いていく。

暫くすると、店先に醤油の焦げた香ばしい匂いが漂い始めた。

「お前らも食ってくか!?」

「食う!」

「え、いいの!?」

「ピリーン」

「オジイん所の畑でたくさん穫れたからな。収穫手伝ったら大量にくれたんだ!」

「焼もろこしが、十本……十(とお)の、もろこし。十もろこし!…ぷっ」

「つまんねーんだよ!ダビデ!!」

黒羽が七輪から一旦離れ、天根に蹴りツッコミを入れる。その間は、首藤が代わりに団扇で炭火を扇いでいた。

「わあい!とうもころし〜っ!!」

「あかや、トウモロコシだぜぃ!」

「あかやはトトロの見すぎダニ」

赤也の言い間違いはよくある事だが、「とうもころし」と「おじゃまたくし」だけはいつまで経っても直らない。
おそらく幼稚園でよく見るアニメが原因だろうと、柳が言っていた。(完全に園長の趣味である。)

因みに保護者達も、可愛いので今はこのままで良いと微笑ましく思っていて、無理に直そうとしないのだが…。

「わ、賑やかだなぁ。ただいま」

「ただいまー」

其処へ帰って来た人物を見て、赤也は目を丸くした。
ブン太と雅治も、見上げたまま一瞬固まった。

「お帰りなさい。サエ、亮」

「お、良い時に来たな!もうすぐ焼けるぜ!」

当然のように応対する樹達にまた驚いた。

だって彼は、白虎のサエ――佐伯虎次郎なのである。

「な、なんで?なんでっ?!」

「え?どうしてそんなに驚くんだい?俺、君達と逢った事あるよね?」

あれ?と、佐伯が身を屈め、子ども達と目線を合わせる。

確かに、幸村兄弟の展覧会で、顔を合わせた事はあった。
しかしあの時は挨拶を交わしたくらいで、まさか彼がこんな所に……こんな御近所に住んでいるとは、赤也もブン太も雅治も、思っていなかったのだ。

「蔵だって、けっこう近くに住んでるんだよ?」

「しってる!しらいしさんは、せいくんと なかよしだもんっ」

「くらはウチに来ることもあるし近くなの知ってたけど、サエがここん家に住んでるなんて知らなかったぜぃ!」

赤也の言葉を補完して、ブン太が言う。しかしその声は、興奮で上擦っていた。

「おれたち、この店けっこう来るんじゃけど。はじめて知ったナリ」

「まあ、『此処に白虎のサエが住んでます』なんて、大っぴらに言えないからなぁ」

亮がクスクス笑うと、佐伯は苦笑を滲ませた。

「だいたい、サエは自分が有名人だって自覚が足りないのね。何で堂々とお店から入って来るの?」

しゅぽーっ!樹が鼻息混じりに窘める。

有名人だという自覚が足りない。実はこれに近い事を、よく観月にも言われている。
(それは佐伯だけでなく、白石も同様に言われているが。)

「ええ?!だって皆こっちに居たし、この子達とは顔見知りだから、良いと思ってさ」

「まあ、いいじゃねぇか!焼もろこし食おうぜ!」

じゅうじゅうという音の中、それぞれに焼きもろこしが渡される。

ブン太と雅治、赤也にも、皿に乗った焼きたてのトウモロコシが行き渡った。

「いっただっきま〜すっ!!」

「熱いから気をつけるのね」

樹はそう言いながら、トウモロコシの粒をはずし、よく冷まして剣太郎としい太にも食べさせてやっていた。

「旨いなぁ。流石オジイのトウモロコシだね。オジイ、元気にしてた?」

「おお!ありゃあ、あと百年は生きるぜ!!」

「クスクス…千年の間違いじゃない?」

――オジイ≠チて仙人なのかな?
子ども達ははふはふと焼もろこしにかぶりつきながら、白い髭を蓄えたお爺さんが、山奥に住んでいるのを想像した。
実際は山ではなく、海辺に住んでいるのだが。

「俺も久しぶりに逢いたいなぁ。亮、スケジュール何とかならない?」

「そういうのは俺じゃなくて観月に言ってよ」

爽やかな笑顔で会話する佐伯は、やはりテレビと同じようにきらきらしていて無駄に男前なのだが、この六角荘の人々の中に、とても自然に溶け込んでいる。
芸能人である彼が、駄菓子屋で焼もろこしを食べているという光景は、何だか不思議だけれど、違和感は全く無かった。

「樹っちゃん、今日の晩ご飯何?俺はパスタがいいな」等と話す姿は、家に居る時の幸村のようだと、子ども達は思う。
幸村もまた有名人であり、近付き難い印象を持たれがちだが、立海家では自然体で過ごしているし、赤也達にとってそれは、至極当たり前の光景だった。

「そっか。ここがサエの家だから…」

「せいくんと いっしょだ」

「プピーナ」

三人は、何だかあたたかな気持ちで立海家に帰宅した。


「ただいまあ!これ、おみやげっす〜」

「かき氷食ったら、トウモロコシもらったぜぃ!」

「ピヨッ。アサリもあるぜよ」

「え…っ?お前達、一体何処の海の家に行って来たの?!」




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