立海一家シリーズ

□立海一家のクリスマス
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【サンタさんへの手紙】


「ん〜…むぅ〜〜…」

立海家のリビングで、赤也は真剣な顔をしてクレヨンを握っていた。

「よし、完成!」

その隣でブン太が声を上げ、テーブルにマジックが転がる。

「プリッ」

反対側で、雅治も独特の言葉を発し、目の前に便箋を掲げた。

「えっ?もうできたの!?」

慌てる赤也を余所に、二人は便箋をふたつに折り、封筒に入れた。
その封筒の表に「サンタさんへ」、裏にはそれぞれ自分の名前を書く。

ブン太はのびのびと子どもらしい大きな字、雅治は少し癖があるが丁寧な字だ。

ひらがなを覚えたての赤也は、未だ悪戦苦闘している。

不意に、インターホンが鳴り、幸村が受話器を取った。

「太一、どうしたんだい?」

電話の相手は太一らしい。
幸村がアトリエや庭園に頻繁に行き来する為、立海家の内線電話は、幸村家とも繋がっているのだ。
用件は、今度の個展の件だという。

「わかった、今行く。ちょっとアトリエに行って来るよ。赤也はゆっくり書けばいいからね」

ブン太と雅治から手紙を預かった幸村は、宥めるように声をかけた後、席を外した。
赤也は頷き、赤いクレヨンを握り直して、また便箋に向き合う。

「おれ、ケーキのレシピかんがえて来よっと」

そう言うと、ブン太が子ども部屋へと引き上げていく。
いつの間にか、雅治が赤也の手紙を覗いていた。

「なんじゃ あかや、おまん日本語で書いたんか?」

「…へ?」

「サンタさんは日本人じゃないけぇ、英語で書かんとわからんぜよ」

「そ、そうなの?!」

「おまんがよく読んでる絵本があるじゃろ?あれ見てみんしゃい」

赤也は勢いよく立ち上がり、件の絵本を本棚から引っ張り出して来た。

去年買って貰ってからずっとお気に入りで、幸村や柳に何度も読み聞かせて貰った絵本。
散々読んで貰ったお陰で、内容も覚えてしまったその本のページを捲っていく。

「ほれ、ここじゃき」

物語の最後の方に、男の子がサンタさんに手紙を渡す場面があった。

「……にほんごじゃ、ない」

その手紙に書いてある字は、小さくて今まであまり気に留めていなかったが、赤也が書こうとしていた「さんたさんへ」という文章とは明らかに違う。

「どうしよう…にほんごじゃ、だめなんだ。サンタさん、よめない…」

頭の中で、サンタクロースが赤也の手紙を見て首を傾げ、クリスマスの夜にプレゼントを持って来てくれなかった――という所まで想像が膨らんだ。

「あ〜あ、あかやはプレゼント無しじゃな」

哀れむようにそう言うと、雅治はリビングを出て行く。
去り際に悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ピヨッ」と呟いて。

「うわあ〜!そんなの やだぁー!!」

赤也は昨年、まだ字が書けなかったので手紙は書いていないが、プレゼントは貰えた。それに、先程手紙を書き上げた雅治とブン太は、普通に日本語で書いていた。

そう、これは雅治の詐欺なのである。
しかし今の赤也は、そういった所まで考えが及ばなかった。

ただ、手紙が書けない=プレゼントが貰えない、という事しか頭に無い。

「……そうだ!」

涙目になりながら一生懸命考えた結果、思い描いたのは、同じ幼稚園の越前リョーマだった。
赤也は「帰国子女」という言葉はまだ知らないが、“リョーマはアメリカという国から日本に来て、時々英語を喋る”という認識はあった。

「あいつに おしえてもらえば いいんだ」

思いついたら即実行。赤也は便箋とクレヨンを持って、玄関へと向かった。

「わっ!?」

靴を履いて外へ出ようとすると、外側から引き戸が開いて、何かにぶつかった。

其処まで大きな衝撃ではなかったのでそのまま見上げると、「大丈夫ですか?赤也君」と、心配そうな柳生と眼鏡越しに目が合った。

「ひろくん!」

「何処かにお出掛けするのですか?」

「えっとね、えちぜんち!」

「リョーマ君のお家に?一人で、ですか?」

「あのね、サンタさんがね、がいこくごだからね、てがみをね…」

赤也が一通り説明すると、柳生は漸く理解した。

つまり、英語で手紙を書きたいのだ、この子は。

「私でよろしければ、教えて差し上げますよ?」

「え?ひろくん、わかるの?」

私だけでなく、この家の大人は皆英語がわかるというのに。柳生はそう思いつつも、「もちろんです」と指で眼鏡のブリッジを押し上げた。


その日の夜、「せいくん かけた!」と赤也が手紙を渡して来たので、「じゃあ、サンタさんに送っておくよ」と受け取り、子ども達が寝静まってから、幸村は三通を順番に開封していった。


『サンタさん、まい年 プレゼント ありがとうございます。今年の プレゼントは、わたあめのきかい が ほしいです。シクヨロ!』


「ふふっ、ブン太はわたあめの機械か。一度にたくさん食べ過ぎないように、注意しておかなくちゃな。雅治は……って、何だこれは?」


『おれの ほしいもの。
それは おしえられんダに。どらいばー かもしれんし、ねじ かもしれん。ひみツじゃ。さんたさんなら、ほしいもの あててみセるんじゃな。きたいして まットるぜよ。プリッ』


「何でサンタさんに挑戦状を…。しかもやけにひらがなばっかり。ん?ああ、そういう事か」

隠されたメッセージを読み取り、幸村は口角を上げた。

そして三通目、赤也からの手紙に目を通した所で、「えっ!?」と声を上げた。

「どうした、幸村?」

向かいに座った真田と、お茶を煎れてくれていた柳が反応する。

「赤也が、英語で…」

「ああ、赤也はWii Uを欲しがっていたからな」

「違うんだ蓮二…全部、英語なんだ…」

「何!?」

間のテーブルに手をつき、噛みつかんばかりの勢いで真田が手紙を覗き見る。
幸村が便箋をテーブルに広げ、柳も文面を確認した。

ひらがな同様、ふにゃふにゃした拙い字だったが、其処には確かに綴られていた。


『Dear Santa Claus.
AKAYA want Nintendo Wii U.
I hope you are at our home.
Please don't overwork yourself and take care of your health.
Merry Christmas!
I love you very much!』


暫く、沈黙が続いた。

「これは一体…どういう事なのだ…!?」

「誰か赤也に英語で書かせた?」

「少なくとも俺ではないな」

「俺も知らんぞ!」

「じゃあ、ジャッカルか柳生?」

「『無理せず体に気をつけて頑張ってくださいね』…というニュアンスは比呂士だろうな。だが何故赤也だけなのか…」

「とりあえず、プレゼントの手配しようか。……あれ?」

赤也の封筒に、もう一枚紙が入っているのに、幸村が気付いた。
それは便箋ではなく茶色の折り紙で、開いてみると、7つの足跡が。

「これは…まさか、君かい?」

幸村が首を捻ると、真田と柳もその視線を追う。

「にゃ〜んす」

キャットハウスの中から、しい太が一声鳴いた。



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