立海一家シリーズ
□立海一家のハロウィンパーティー
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【はろうぃんって なに?】
「あれ?裕太くん、今日お休みなん?」
このみ幼稚園の園庭遊びの時間、るーきー組担任の謙也先生が、えーす組担任の清純先生に訊ねた。
「そうなんだよね〜。最近お仕事がんばってるみたいでさ」
えーす組の不二裕太は、元天才子役 不二周助の弟として、鳴り物入りでデビューした。
兄が子ども時代に出演していたCMを引き継いだりして、今ではテレビでもよく見かける。
「今度、有名製菓会社のハロウィンイベントに出るらしくて、今日はその打ち合わせと衣装合わせがあるんだって」
「へぇ〜、なんや大変そうやなぁ。…ハロウィンなー。そういうたらもうすぐやんな」
「うん。でもさ、うちの幼稚園って、ハロウィンっぽい事した事ないよね」
「せやなぁ。仮装…は大変かも知らんけど、お菓子くらいは用意しよか?」
「お、良いねぇ。園長先生に相談してみよっか」
「ねぇ」
くいっ…と、エプロンの裾を引っ張られた気がして、謙也先生は視線を落とした。
そこには、帽子の鍔から大きな瞳を覗かせ、見上げてくるリョーマの姿。
「なにしてうの?あそぼ」
謙也先生は相好を崩し、その頭を撫でた。
「おー、リョーマ。すまんすまん。今いくで!」
「ケンヤー!はよぉ〜っ!!」
「よーし!遊ぼかー金ちゃん!」
謙也先生は子ども達の中へと駆けていく。
「キヨせんせっ」
すると、キヨ先生のエプロンも、ぐいっと引っ張られた。
「何かな〜?赤也くんっ」
破顔して屈んでやると、赤也は言った。
「はろうぃんって なに?」
「ハロウィンっていうのはね、外国のイベントだよ。簡単に説明すると…子ども達がおばけや魔女の仮装をして、お家を回るんだ。お菓子くれなきゃ悪戯するぞーって」
「なにそれ!おもしろそうっ」
「でも日本ではあんまり浸透してないかなー?かぼちゃのお菓子を作ったり、友達同士で仮装パーティーをするお家もあるみたいだけど。かぼちゃのおばけの飾りを作ったりね」
「かぼちゃの、おばけ…っ」
上擦った声が聞こえ、其方を見ると、薫が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「あ〜大丈夫だよ薫くん!おばけは仮装とか飾りだからね、怖いものじゃないからね」
「こ、こわくなんてないっ」
「うっそだー!かいどー びびってるだろっ」
「びびってない!きりはらだって ほんとはこわいんだろっ」
「お、おれはこわくないもん!ばーか!つぶしゅよっ」
「なんだと!ふちゅ〜っ」
「こらこら二人共っ…も〜、すーぐ喧嘩するんだからぁ」
苦笑するキヨ先生。
実はこれが彼らの通常運転である。
「あのね、やなぎさん。はろうぃんって しってる?」
幼稚園が終わると、赤也は迎えに来た柳に訊ねた。
「ああ、知っているぞ。ケルト人の1年の終りである10月31日、この夜は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。これに因み、31日の夜、南瓜をくりぬいた中に蝋燭を立てたJack-o'-lanternを作り、魔女やお化けに仮装した子ども達が近くの家を1軒ずつ訪ねては「Trick or treat.」と唱える。家庭では南瓜の菓子を作り、子どもたちは貰った菓子を持ち寄り、パーティーを開いたりする」
柳が脳内辞書から導き出して答えてやると、赤也は柳を見上げ、ぽかんとしていた。
「すまない。赤也には少し難しかったか」
ふっ…と口元を緩めてそう言えば、赤也は向きになって答えた。
「む…むずかしくないっ!おばけのかっこうして おかしもらうんでしょ!?」
「ああ。子どもはそれで正解だ」
赤也のくせっ毛を撫でる…と、へへっと嬉しそうに笑った。
「おれね、おれも はろうぃん やりたいっ」
「そうか。では精市達に話してみよう」
ハロウィンパーティーについては柳が保護者達に掛け合う事になり、赤也は小学校から帰って来たブン太と、道場で稽古を受けていた。
「其処、たるんどる!」
今日も真田は厳しく、入ったばかりの門下生達は必死になって稽古についていく。
が、ブン太と赤也は慣れたもので、他の門下生の倍の鍛錬を当然のように終えた。
「ねぇ、ぶんたくん!はろうぃんって しってる?」
「あ〜?知ってるぜぃ?お菓子がもらえる外国のおまつりだろぃ?」
「うちでも はろうぃん やりたいよねっ?」
「そりゃ、お菓子いっぱいもらえたらいいよな!でも、さなだ ゆるしてくれるかな?」
「やなぎさんが、はなしてくれるって!」
「ほんとかっ?」
「うん!おれ、まさくんにも ゆってくるっ」
その頃医務室では、柳生が門下生の怪我のチェックをしていた。
「痛みも無いようですし、明日からはもう、テーピングをとっても大丈夫ですね。今後も怪我には充分注意して下さい」
門下生は「ありがとうございました」と頭を下げ、医務室を出て行く。
「さて」
柳生は眼鏡のブリッジを上げると、カーテンで仕切られたベッドに視線を移す。
「此処は怪我をしたり体調が悪い子が来る所ですよ?あんまりサボってばかりだと、真田君に叱られてしまいますよ」
そう言って、カーテンを引く。
小さな塊が、ピヨッと鳴いた。
「おれ、正式な門下生じゃないもん」
布団の中から、くぐもった声が聞こえる。
「何処か具合でも悪いんですか?」
「まさはるくんは おねむ なんじゃ」
「お昼寝なら、お部屋の方がゆっくり眠れると思うのですが」
そう言いながらも、柳生はベッドの端に腰を下ろし、トン、トンと、緩慢なリズムで銀髪がはみ出た塊を撫ぜる。
稽古をサボって医務室に転がり込むなど、気まぐれな雅治にはよくある事だった。
「まさくーん!どこー?」
そんな静かな空間に、小さな悪魔がやってきた。
「なんじゃ。うるさいのう」
雅治はもぞもぞと布団から顔を出し、起き上がった。
「まさくん!はろうぃんって しってる?」
赤也は医務室に入って来ると、柳生とは逆側からベッドに手をつき、雅治を見上げる。
「そのくらい知っとるぜよ。仮装していたずらする外国のパーティーじゃろ?」
「雅治君…君の解釈は少々偏り過ぎです」
実は先程の「お菓子がもらえる外国のおまつり」というブン太の解釈もかなり偏っていたのだが、柳生の知るところではなかった。
「あのね、おれたちも はろうぃん やりたいって、やなぎさんにいった!まさくんも やりたいでしょ?」
「ほお…まぁ面白そうではあるの」
「ひろくんも やろ?!」
「仮装ですか。私も少々楽しみですね」
変装が得意な雅治と特撮(変身?)好きの柳生は、少なからず乗り気だ。
そしてやはりブン太も…。
「ジャッカル買い物いくんだろぃ?おれもいく!かぼちゃいっぱい買うんだ!」
着替えを終え、夕食の買い物に行こうと駐車場へ向かったジャッカルを、ブン太が急いで追いかけ、助手席に乗り込んだ。
「は?何でカボチャ?」
「もうすぐハロウィンだろぃ!かぼちゃのお菓子、いっぱい作ってくれよっ」
「カボチャの菓子かぁ。いいけど、俺は菓子作りはそこまで得意じゃねーぞ?」
「わかってるよ!おれも いっしょに作ってやっから!」
「お、頼もしいな。なら、また太一にいろいろ聞いてみっか」
「たいちくん そーゆーの得意だもんな〜」
ジャッカルは運転席に座ると、ブン太の赤髪をぐりぐりと撫で、車を発進させたのだった。