立海一家シリーズ

□立海一家とふしぎな虹
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赤也は、食い入るようにテレビを見ていた。

『うぇぇ〜…つかれたぁ』
『ちばれぇこーいち!もうちょっとさー』

画面の中では、赤也と同じくらいの歳の子どもが、二人だけで道を歩いている。

『ああ、浩一くんが立ち止まっちゃった』
『裕次郎クン引き返して来て…、お、荷物持ってくれたで』

サエと蔵のナレーションの後、犬耳パーカーの子がうさ耳パーカーの子の分の荷物を持ち、手を繋ぐ。
そして、励まし合いながら自宅に着き…。

『あ、ともくーん!ただいまぁ』
『うわぁあぁあっ!えーしろぉ〜!!』

保護者を見つけるなり笑顔になったり、ほっとして逆に泣き出したりしながら駆け寄って行く。

『本当は心細かったんだよね』『二人共、よう頑張ったなぁ』と、白虎の二人の声でVTRが締めくくられ、スタジオに切り替わる。ゲストの中には、赤也の見知った顔があった。

『幸村兄弟のお二人ぃ〜?いかがでしたかぁ?』

司会を務めるお笑い芸人“LOVEるs”の小春が、テンション高く訊ねる。

『可愛かったですね〜。歳下の子を気にかけながら、自分は泣かずに頑張ってて』

『本当に偉いですっ』

幸村精市、そして太一は、目元を緩めながら応えた。

『まぁ最後には号泣しとったけどな!』

『もぉ、ユウくんはいっつも意地悪言うんやからぁ…めっ!』

『堪忍やで小春ぅ〜!!』

抱き付こうとするユウジを華麗にスルーし、小春は話を進める。

『お二人は小さい頃、おつかいなんか行かはりました?』

此処で幸村兄弟の幼少期の写真が映し出され、スタジオ中で可愛い!と声が上がる。

『う〜ん。幼稚園くらいの時に、花屋さんで種を買った事なら。でもおつかいっていうより、自分の欲しいものを買いに行った感じかな。ね、太一?』

『はいです!僕も文房具屋さんで自分のスケッチブックを買ったです。僕は、小学1年生くらいの時だったと思いますが』

赤也はショックだった。
自分はまだ一人でお使いなんかした事がない。

「おれもやりたい!!」

番組が終わるなり、赤也はそう叫んでいた。


「本当に大丈夫だろうか…」

翌日、真田は腕組みをしたまま、眉間に皺を寄せていた。

「へーきっす!おれ いけるもん!」

赤也は強気で真田を見上げた。

「まぁ、あの店ならよく行くし、そう遠くもないが…な」

柳も何処か不安そうである。

「赤也、知らない人にはついてっちゃダメだよ?変な人に声をかけられたら、全力で逃げるんだ。車には気をつけて。もし道に迷ったら交番で聞くんだよ?」

「いえっさー!!」

幸村はこれでもかと注意事項を並べたてるが、先程から何回も言うので赤也は聞き飽きていた。

「ぶんたくんとまさくんも ついてきちゃだめだからね」

ジャッカルと柳生は顔を見合わせた。

ブン太と雅治は駄菓子屋くらいならもう一人で行くので、赤也のサポートに一緒に行かせようかと目論んでいたのだが、断られてしまった。

「ほんとに良いのかぁ?ついてかなくて」

「あかやは泣き虫じゃからのう」

「なきむしじゃないもん!いってきますっ」

赤也は勢い良く玄関を出た。

空は生憎の曇り空だが、雨が降るかもしれないとレインコートを着せられているので、赤也は気にせず、ずんずん歩く。

本当はあのテレビに出ていた子ども達のように、動物モチーフの服が良かったのだが、残念ながら持っていなかった。
でもこのレインコートはデビルデザインであり、可愛らしいしっぽと羽、触角がついているのでお気に入りだ。

「おかいのもっ!おかいのもっ!」

楽しそうに口ずさみながら、小さな足で一生懸命歩く。本人は「お買い物」と言っているつもりだ。

「あれ?立海さん家の赤也くんなのね」

「あ、いっちゃん こんにちはっ」

「こんにちは。一人なの?」

よく行く駄菓子屋“いっちゃん”の店先、看板犬の剣太郎(ちば犬)が「ワンッ!」としっぽを振る。

赤也は剣太郎を撫でつつ、店主の樹に高らかと語った。

「おれねっ!おかいのも いくの!ひとりで!」

「わぁ、一人でお使いなんて偉いのね〜」

「へへ〜っ」

褒められて笑顔になる赤也。
樹も赤也の頭を撫で、微笑んだ。

「頑張るのね。気をつけていってらっしゃい」

「はぁい!」

樹と剣太郎に手を振り、また歩き出す。

暫く行くと、交番の前を通った。

「おお?立海道場の赤也じゃねぇか!」

「一人で何処行くんだ?」

「あ、バネさんとダビデ!」

黒羽と天根は、この交番に勤めるお巡りさんである。

「道場のみんな、元気か?」

「うん!」

そして、かつて真田道場にて指南を受けていた人達だ。

「おれね、おれねっ!ひとりでおかいのも!」

「おかいのも?」

「買い物か!凄ぇじゃねーかっ」

ぐりぐりと、また頭を撫でられる。

「一人で平気か?おかいのも」

「うん!やなぎさんと いつも きてるからカンタンだもん。おれ えらいんだっ」

すると、ぽつりぽつりと、雨粒が落ちてきた。

「あ〜降ってきちまったか」

黒羽が空を仰ぐ。天根は赤也のレインコートのフードを被せてくれた。

「悪魔が、飽くまで『おかいのも』…プッ」

「つまんねーんだよ!!」

二人のお巡りさんに見送られ、赤也はまた歩き始める。
天根のダジャレは赤也にはよくわからなかったので、気にしない事にした。

雨はそんなに強くなく、大好きな白虎の歌を歌っていると、思ったより早く目的地に着いた。
店のマスコットキャラクターである、ウサギのヤマ坊とブッキーちゃんの看板がお出迎えしてくれている。

赤也は少しだけ緊張して、入口で立ち止まった。
しかし、そこは自動ドア。赤也の小さな身体にもセンサーはしっかり反応し、心の準備が出来ないうちに扉が開いてしまった。

「うわっ」

一瞬びっくりして後退る。
だが、閉じそうになる扉に気が焦り、赤也は慌てて中へと入った。
ひやっとした空気が赤也を包む。

「あっ!」

赤也は入口にある子供用のカートを探した。
普通の買い物カゴでは赤也が持つには大きいので、赤也の身長でも押して行ける子供用の小さなカートに、子供用のカゴ。
柳やジャッカルと買い物に来ると、一つだけ好きなお菓子を買って貰えるので、それを自分のカートで運ぶのがお気に入りだった。

「え〜っと…」

最初に向かったのはお菓子売り場。
決して好きなお菓子を選んでいるわけではなく、頼まれたものを探しに来たのだ。

「あった!チョコっ!」

大きな板チョコを2つカゴに入れ、辺りをきょろきょろ。
目的の物が見つからず、赤也は近くに居た店員に声をかけた。

「あのっ…」

「ん?何だい?」

「えっと…ここあ!どこ?…ですか!」

長身でオールバックの店員は、ココアがある棚まで優しく連れて行ってくれた。
どれが良いか訊かれたが、銘柄まではわからない。とりあえず、「くろいカンの…こなのやつっす!」と覚えている特徴を言って、棚から取って貰った。

買うべきものはこれで揃った。

会計の為にレジへ向かうと、ウニのような髪型の男性店員が「いらっしゃいませ」と笑いかけた。

「これ ください!」

カゴを渡し、首から下げていたお財布からお金を取り出す。

「925円です」

千円札を渡してお釣りを貰う。
店員は赤也が財布に仕舞うのを待って、商品の入った袋を手渡してくれた。

「南」

すると、先程ココアの場所に案内してくれた店員が、レジの店員に声をかける。
赤也は平仮名しか読めなかったが、二人の名札には“店長 みなみ”と“副店長 ひがしかた”と記されていた。

「そうか。君、今日は一人で来たのか」

二人の間で何やらやり取りがあり、店長は再び赤也に声をかけた。

「うん!」

「よーし。じゃあ頑張ってるご褒美だ」

そう言うと、副店長がヤマ坊とブッキーちゃんの絵がついた風船をくれた。

「わぁ、ありがとっ」

赤也はぎゅっと紐を握ると、あっ…と副店長を見上げた。

「ふーせん、あと2こ…だめ?」

「え?3つ欲しいの?」

「ぶんたくんと まさくんの…」

「そうか。兄ちゃん達の分もだな」

ブン太と雅治も、この店には何度も来た事がある。
赤也と一緒に来る事もあった為、彼らは覚えていてくれたのだ。

店長が目でサインを出し、副店長が頷く。

「放さないように、気をつけてな?」

赤也は、赤・青・黄の3つの風船を持つと、満面の笑みでお礼を言った。

店を出ると、タイミングよく雨が上がり、雲の間から光が差していた。

「あっ!にじ!!」

空には淡く虹が出ていて、赤也ははしゃぎながら駆けて行く。

「にじ!にじだぁ〜すごーい」

いつか誰かが言っていた。虹のふもとには宝物が埋まっている。
無垢な赤也はどんな夢物語であろうとも疑う事を知らない。夢中で、虹を追いかけた。

ついさっき放さないようにと教えられた風船の紐が、もう手の中に無い事にも気づかない。

「わっ…!?」

一瞬にして、虹が消えた。
驚いた赤也はバランスを崩し、転んでしまう。

「……いたぁ…い…」

転倒したショックと痛みで、涙が滲む。
ふぇぇ…と泣き出しそうになった時、頭上から声がした。

「だいじょうぶ?」

顔を上げると、赤也より少し年上の男の子が、心配そうに覗き込んでいた。

「…?」

男の子の手を借りて、赤也は起き上がる。
何故だろうか、その面差しは何処か懐かしい。初めて会った筈なのに。

「すりむいてるな。早くあらわなきゃ」

男の子はきっちりと切りそろえられた翠の黒髪をさらりと靡かせ、辺りを見渡す。



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