立海一家シリーズ

□立海一家外伝
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【観月のスカウト大作戦】


「んふっ。此処があの幸村兄弟のお宅ですか」

うちの社長の御自宅程ではありませんが、流石は幸村兄弟…なかなかのお屋敷ですね。
僕はその邸宅を見上げ、笑みを浮かべた。

僕の名前は観月はじめ。跡部財閥が創設した芸能プロダクション『King of kingdom』の社員です。

この僕の慧眼でスカウトしてきた素質ある人材を、自らの手でプロデュース、及びマネージメントするのが僕の仕事。
この僕の力で、所属タレント達はどんどん飛躍していきました。

しかし、テレビや舞台、雑誌等からは垣間見る事も出来ない苦労が、裏側にはあったのです。例えば……。

「はぁ?凛君がまたですか?!」

自分の好みの衣装でないと着たがらないファッションモデル、凛。

現場マネージャーからの助けを求める電話は、彼の撮影の度に鳴り響き、終いにはいつもの美容師でないと髪は触らせない等と言い出す始末。
彼が表紙の雑誌は飛ぶように売れるので、なんとかして撮影させなければと毎回策を講じているのだが、本当に猫のような気まぐれな男で、休憩中に突然「海に行きたい」といなくなったりもする…。

「ちょっと何やってるんですか?!表現というのは笑いに走る事じゃないんですよ!?」

何でも笑いをとろうとする、ボーカルユニット“白虎”の蔵。

ビジュアルも歌唱力も申し分ないのに、おかしな口癖と謎の包帯が全てを台無しにする。
元々彼はお笑い養成所に所属しており、なんと彼の最大の武器である筈の顔を犠牲にして笑いをとったりもしていた。信じられない!だから僕がスカウトして、彼の能力を生かせる場を用意したというのに…!

「あなたのような逸材が、何故こんな所に…!?」

同じく“白虎”のサエも、存在するべき場所を間違えているのではないかと思わせる男だった。

彼は、千葉の海で潮干狩りをしていたのだ。あんな目を引く容姿で。
砂でお城を作っていたのだ。あの男前が。
あんな所にいては、彼の持ち得る素質が全て無駄になってしまうじゃないか!

無駄といえば、僕は彼らのユニット名を、フランス語で白い虎を意味する“blanc・tigre”に決めていました。

それなのに彼らは「調べんと意味わからへんやろ〜。無駄多いで」「ケーキ屋さんの名前みたいで、俺達には似合わないかな」とか何とか言って日本語で“白虎”に決めてしまったんです!
「びゃっこ」って伝説上の神獣ですよ?
この僕が、彼らの為に、彼らに相応しい名を考えたというのにっ!!

そして極めつけは「俺、好きな曲作ってるだけなんで」と、まだ12歳のくせにドライ過ぎる作曲家、財前光。

確かに僕は、類い希なる才能を持つ彼だからこそ、彼の作った曲を白虎にとお願いしました。彼が作る曲はプロと比べても遜色がないですからね。
でもあの態度はないでしょう生意気な。まるで評価されて当然みたいに!
大人をナメているとしか思えません。ああ思い出したらまた腹が立ってきました!

まぁ他にもいろいろありますが、そういうわけで素質はあっても問題児ばかりのこの状況に、僕は考えました。
まだ未熟な新人や若手をスカウトするからこうなるのだと。
確かに次世代の育成は大切ですが、もっと大物をスカウト出来れば…!

其処で目をつけたのが、あの“幸村兄弟”。彼らなら我が社にとっても申し分ない逸材です。
其処で僕は事前にアポイントメントを取り、この幸村邸に来たというわけです!

「こんにちは。本日お約束しておりました、King of kingdomの観月です」

インターホンから、『はいっ』と可愛らしい声が応答した。

『御連絡をくださった方ですね?どうぞお入り下さいですっ』

門を潜り、玄関まで歩いていく。
扉の前に立つと、向こう側から開いた。

「…何の用だ?」

出て来たのは、先程聞いたものとは似ても似つかないドスのきいた声を持つ、長身の目つきの悪い男だった。
思わず叫び声をあげそうになった所を、なんとか堪える。

「あ…貴方は?」

「すみません!お待たせしたですっ」

男の後方から、小柄な少年…いや青年?がやって来て、顔を出した。インターホン越しに聞いた声と同じ――幸村太一だ。

「お電話でもお伝えした通り、兄は今日、道場の稽古があるです。だから僕が応対させていただきます。此方へどうぞ」

通された応接間は、インテリアが英国風で、僕の好みと少し似ている。

「んふっ。今日はお話の機会をいただき、有り難うございます。ああ、此方は跡部ブランドの紅茶です。茶葉は僕のおすすめのものを選ばせていただきました」

「わぁ〜ありがとうございますです」

太一君は笑顔で受け取ってくれた。
手土産は気に入って貰えたようだ。シナリオ通り。

そして、もう一つの切り札がこれだ。

「あと、モンブランがお好きだと聞いたので、此方も…」

「えっ!?どうして知ってるですか?」

んふっ。事前のデータ収集の成果ですよ。
ケーキの箱を抱えてこの満面の笑み、相当嬉しいのですね。

「わぁ、おいしそう。良かったですね!亜久津先輩っ」

「はっ!?」

太一君は、部屋の隅の一人掛けソファに座っている、先程の柄の悪そうな男にそう言った。……どういう事だ?

「あの…太一君の好物では…?」

「亜久津先輩はモンブランが大好きなんですっ」

そんな馬鹿な!?僕のデータが間違っていただと!!?

「えっと、此方は兄がお庭で育てたハーブを使った、ハーブティーです。あと、このクッキーは僕が作りました。お口に合うと良いのですが、どうぞ?」

いただきます、と。僕は努めて綺麗に微笑んだ。

あっちでは亜久津とかいう男が僕の持って来たケーキを一人で食べている。
しかも高級モンブランを手掴みだと?下品過ぎる!
こんなの全然シナリオ通りじゃない!

しかし、話を進めなければ。僕はその為に来たんだ。

「ええ…幸村太一さん。先日お送りした我がKing of kingdomの資料は、御覧になっていただけましたか?」

「はい。所属タレントさんの管理もしっかりされていて、とても素晴らしい事務所だと思います」

「それは光栄ですね。仰る通り、我が社は各タレントのケアを丁寧に行い、プロモーションにもそれなりの経費をかけます。現場には必ずマネージャーも同行させますし、必要なものは何でも全て用意させます。率直に云いましょう。あなた方幸村兄弟も、我がKing of kingdomと契約を結べば、今より遥かに活動しやすくなりますよ。是非お二人を我が社へお迎えしたい!」

「どうして、です?」

「現在の幸村兄弟のマネージメントは、弟のあなたが担当していますよね?もちろん太一さんにはその能力があるのでしょう。しかし、芸能活動というのは個人の力では限界があります。お二人程の逸材であれば、きちんとした事務所に所属し、バックアップを受けた方が…」

「ケッ…結局太一と幸村をテメェん所の事務所に入れたいだけじゃねぇか。それで良い思いすんのはそっちだろうが」

今まで黙っていた男が口を挟んだ。
この家にはそぐわない人間だと思っていたが、核心を見抜く能力には長けているようだ。…口にクリームついてますけどね。

「もう、亜久津先輩…っ」

「いえ、良いのです。彼の意見は尤もですしね」

漸く理解しましたよ。この、亜久津という男が同席している理由。
この男…ただのモンブラン好きというわけではないという事ですね!

「確かに、あなた方と契約出来れば、我が社は多大な利益を得ます。そうでなければ、こんな風にスカウトしたりしません」

こうなったらもう従来のやり方では口説けまい。
ならば、僕本来のやり方でいく。

「しかし、我が社のバックアップがあれば、あなた方の利益も大きい。今までよりも、ずっとね。それに、マネージメントを此方に任せる分、太一君、あなたの負担も減るんですよ。聞いた所によると、兄の精市君は道場経営等に手を広げ、幸村家の事はあなたに任せっきりだそうじゃないですか?プレッシャーを感じたりはしませんか?何も、あなたが全てを担う必要は無いのでは?」

事前のデータに基づき、相手の弱点を攻める。
これが僕のスタイルだ。

「…僕と兄さまって、とっても似てるんです」

緩慢にカップを傾けた後、太一君は口を開いた。

「絵を描くのが好きだったり、動物や植物が好きだったり、好きな色も似てるし、テレビとかでも、よく似てるって言われるです」

カップの中のハーブティーを見据えたまま、彼は続きを紡ぐ。

「でも、兄さまは本当に強い人で、何でも出来て、僕なんかとっても敵わなくって…本当は、似てない所の方が多いくらいで……」

「太一君?」

「でもその兄さまが、幸村兄弟の事は全部僕に任せてくれたんです!最初は不安だったけど、弟だから何にも出来ないんじゃない。弟だから兄さまの役に立つんだって、頑張って…。確かに、芸能事務所の人と比べたら、上手く出来ない事もあるかもしれないですけど…それでも、マネージメントも含めて、幸村兄弟が僕のお仕事ですから!」

顔を上げた太一君の、強い眼差しが向けられる。
その純真さに、僕は一瞬、臆した。

「それに、兄さまは、好きな事が出来るからフリーランスのままが良いって言ってるです。道場もそうですし、趣味のガーデニングも、絵画も……あ、うちのお庭、今も兄さまが管理してるですよ!僕もたまにお手伝いするんですけど。あと、兄さまと僕のアトリエもあります。兄さまは水彩画、僕は油絵で、小さいけどギャラリーもあるです!良かったら見ていきますか?」

「太一君…一つ、質問よろしいですか?」

「何です?」

「あなた、一体おいくつなんですか?」

データには無く、ついそんな事を訊くと、彼は人差し指を立てて微笑んだ。

「幸村兄弟の年齢はひみつですっ」



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