□桜の咲く頃に('08.5.12 完結)
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「近藤さん、居るか」
「おお、歳。入れ」
スッと障子が開かれ歳三が入って来た。
どうだと、歳三は持って来た徳利を目の前で振って近藤に見せた。
「良いなぁ」
近藤は人の良い笑顔を向けて、前に置かれた茶碗を手に取った。
その茶碗に酒を注いだ歳三も艶然と微笑んだ。
「歳。お前変な気を回すな」
酒を飲みながら近藤が呟いた。
「何が」
歳三もグッと酒を煽って口を拭い、
「昼間の事だよ」
「ああ、あれか・・・別に気なんか使ってねぇ」
手酌で酒を飲む歳三から徳利を取り、近藤も自分の茶碗に酒を注ぐ。
「そっか」
「ああ」
暫くは唯黙って二人で酒を飲んだ。
火鉢の上に置いた土瓶の湯がシューシューと湯気を立てる音だけか部屋の中に響いている。
「なあ、近藤さん」
沈黙を破って歳三が口を開いた。
「俺、此処出て行く」
「えっ」
近藤は歳三の言葉に驚き、目の前の歳三の顔を見た。
歳三の表情は静かだった。
「そろそろ、俺も自分の事考えなくちゃな。このまま此処にいる訳にもいかねぇーし」
茶碗の酒を口に運びながら歳三は人事のように言った。
「どうして・・・」
近藤は歳三の顔を凝視していた。
「あんたにはおつねさんが居るし。道場には総司や山南さんがいるからな、俺なんか居ても何も手伝う事が無くなった。それに、姉貴にも随分心配かけてるからな、そろそろ安心させてやろうかと思ってな」
「それだけか、歳。本当にそれだけの理由なのか」
近藤は酒を口に運ぼうとする歳三の腕を掴んだ。
驚いた歳三は茶碗を落としそうになって慌てた。
「・・・」
「歳」
お互の顔を見つめあった。
歳三の目が伏せられて顔を背けた。
そして、
「あんた、俺と顔を会わせるといつも辛そうな顔するだろう」
俺はそれが辛いと歳三を俯いた。

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