□★ お嬢トシ・登場 ★
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パタパタパタ
真選組屯所内に響く足音。
それは、大広間へと向かっている。
大広間では隊士全員が揃っての朝礼が始まろうとしているところだった。
「キャー、遅れちゃってぇーごめんなさぁーい」
バシーッと勢い良く障子を開けて広間へと飛び込んで来たのは、副長の土方十四郎。
彼は女顔負けの美貌と天才的な頭脳の持ち主だったが、なんと彼は"おかま"なのだ。
隊士達は十四郎の事を『お嬢』と呼んでいる。
色白で絹のように肌理細やかな肌の持ち主であるお嬢トシは、"おかま"特有のケバイ化粧はしない。
唯一化粧といえば、可愛らしい唇に透明のリップを塗っている位だった。
「おお、トシ。遅いから始めようって言ってたところだ」
ハアハアと息を切らせながら自分の横に座るお嬢トシを、ニコニコと笑顔で迎えるのは局長の近藤勲。
「ごめんなさぁーい。ネイルが上手く乾かなくてぇーっ」
ほらと、両手を近藤の前にさしだす。
男の手とは思えない白く細い指先には、透明のマニュキュァが塗られて桜貝のように薄ピンクに光る可愛らしい爪があった。
「今日も、トシの爪は綺麗だぞ」
「キャーッ、本当!近藤さんだぁーーーいすきぃ!」
奇声を上げて首に抱き付くお嬢トシに苦笑いしながら、
「トシ、ほらみ皆がお前から今日の指示を受けるの待ってるぞ」
顎をしゃくりながら、首に纏わり付くお嬢トシの腕を近藤は解いた。
近藤の言葉に、えっと我に返るとそこには微笑ましく二人を見る隊士達の笑顔があった。
初めてお嬢トシを見た隊士達は"おかま"の副長にドン引きだったが、仕事に対する厳しさに接して今ではお嬢トシへの信頼は絶大なものとなっていた。
そして、お嬢トシの近藤への恋心は屯所内では知らない者はない程、今朝のような光景が繰り返されていた。
「あらぁ〜、皆さぁーん。ごめんなさぁい。それじゃぁ、早速朝礼始めるわね」
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて、パラパラと手元の予定表を見ながら、お嬢トシは各隊に指示を与えて行った。
一通り指示が終ると、
「じゃぁ、解散ネ。今日も一日頑張ってねぇーっ」
お嬢トシは右手を口元へとやり、チュッ、チュッと隊士達に激励の投げキッスをする。


「あっ、原田ちゃんの組は大江戸スーパーの前通るわねぇ」
ムフムフと怪しげな笑みを湛えてお嬢トシに呼び止められた原田はその声にギョッとする。
お嬢トシの手には朝刊で配られたスーパーの広告が握られていた。
「今日はねぇ、大江戸スーパーでカロリー半分のマヨネーズがさぁ特売なのよねぇ〜」
お嬢トシは極度のマヨラーだ、口に入れるものありとあらゆる物にマヨネーズを掛ける。
「はぁ・・・」
嬉々としてチラシを広げるお嬢トシに気の無い返事をする原田に、
「貴方達は5人で行くんでしょう、これって一人2本までだからさぁ・・・そうねぇ・・・今回は二度レジに並んでもらえれば良いわぁ」」
つまり、一人2本までの制限があるので、一度レジを済ましてからもう一度入店して再びレジに並べは計20本は買えるという訳である。
「でも、副長・・・俺達隊服のままでしょう、出来ませんよぉそんな恥ずかしい事・・・」
なぁと、原田は後ろの隊士達に同意を求めると、うんうんと隊士達は頷いた。
「まぁ!貴方達、私の頼みが聞けないって言うの!」
キッと鋭い視線で睨みを利かせたが、隊士達にとっては良い迷惑である。
見回りの途中でスーパーに寄って特売品を買うなんて事は、それも隊服着用のまま男五人がスーパーに寄り道等武装警察である真選組のする事ではない。
「副長、仕事中にスーパーに寄って買い物するなんてぇ、そのぉ・・・警察官としてまずいと思うんですがねぇ」
「あらぁ、貴方達、スーパーに立ち寄って異常が無いかどうか確認するのも立派なお仕事よぉ。私はさぁ、そのついでに特売品を買って来てって言ってるのぉ」
「じゃぁ、副長が仕事の合間に行って来たら良いじゃないですか」
ガンとして頼みを拒む原田と隊士達を睨んでいたお嬢トシの瞳がうるうると潤んで来たかと思えば、突然の横の近藤の腕にしがみ付き、
「近藤さぁ〜ん。酷いのよぉ・・・私にこの寒空の中スーパーに特売品を買いに行けって・・・この白くてデリケートなお肌が北風でガサガサになっても良いって言うのぉよぉ〜っ」
ポロポロと涙を流しながらお嬢トシは近藤に訴えた。
近藤は女の涙否、お嬢トシの涙に弱かった。
突然泣き出したお嬢トシにその場にいた皆がオロオロとうろたえ、そして近藤はそんなお嬢トシの頬の涙を拭いながら、
「原田、トシの頼みだ、それにスーパーの前通るんだったらついでに買って来てやれ」
「きゃぁー近藤さん、有難う。だーい好きよぉ〜」
両手を近藤の首に回して抱きつくお嬢トシに苦笑しながら、これで買って来てくれと近藤は財布から金を出して原田に渡した。
「はぁ」
局長の頼みとあっては断ることも出来ずに渋々近藤から金を受け取ってポケットにしまった。
今しがたまでポロポロと涙を流して泣いていたお嬢トシはというと、近藤の首に手を回したまま、
「いいい事、一人2回レジに並ぶのよぉ、判ったぁ〜」
得意満面で原田達へ命令したのだった。
「まったく、局長は副長に甘いんだから・・・」
「でもよぉ、あの顔で泣き付かれちまったら局長でも無くてもヤバイよなぁ」
原田達隊士は未だにキャッキャッと嬉しそうな声を上げて近藤に纏わり付くお嬢トシの姿を見ながら小声で囁きあった。


おしまい

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