□★ 愛のキューピット・トシ T ★
1ページ/1ページ

「どーぞ、お妙さんが俺に振り向いてくれますよーに。どーぞ愛のキューピトの矢でお妙さんを射止めてください。」
パンパンと柏手を打ち、一生懸命に祈る。
お賽銭も500円と大奮発したし、よしっと気合を入れて近藤は社務所のおみくじ売り場へと行った。
巫女さん姿のアルバイトのお姉さんに
「大吉!大吉ネ」
おみくじの代金200円を渡しながら、おみくじの入った箱を必死に振った。
ガシャガシャと必要以上に振った後、箱を逆さまにすれば小さな穴から1本の棒が飛び出して来た。
「どーぞ、キューピトで大吉をぉぉぉ」
棒の先には、”いの壱”と書かれている。
その番号を見た近藤は
「おおお、すっげぇーーーー、いの一番だぜぇ!良いぞ、良いぞ」
と、無駄に大騒ぎをしながら巫女さん姿のお姉さんに渡す
「はい、”いの壱番”です」
と、巫女さん姿のお姉さんから受け取り、いざおみくじを開こうとくるっと向きを変えた途端にドンとなにかにぶつかった。
おみくじを開く事に夢中になって、近藤は後ろに人がいる事に気づかなかったのだ。
「あっ、すいません」
思わず頭を下げ謝り相手を見た。
ぶつかった相手は、咥えタバコで眉間に皺を寄せ機嫌が悪そうだった。
「すっすいませ、気づかなくて。お怪我ありませんか?」
「・・・」
「おみくじを引くんですか?俺、引き終わりましたんで、どーぞ」
と手をスーッと横になびかせて場所を譲った。
そして、おみくじを開きながら立ち去ろうとすると。
「おい、待て!」
今ぶつかった相手が声を掛けた。
「えっ、何か?」
「何か、じゃねぇーだろう」
近藤は、その声を聞き尚一層驚いた。
自分が今ぶつかったのは女・・・だと思っていたからだ。
整った色白で細面の顔、前髪の下から覗く二重の黒い瞳は吸い込まれるかと思われる程綺麗に澄んでいる。
だれが見ても女と言っても納得する美しさ、否女以上の美しさだった。
しかし、その声は低いが良く通る男の声なのだ。
「おめーが、呼んだんだろうがぁ」
「俺?俺が・・・貴方を?」
頭の中で沢山の?マークが乱舞する近藤。
「おめー、今そこで祈ってただろうがよぉ」
その男は、右手の親指を立てて後方を指した。
えっ、と近藤はその男の肩越しにその方向を見た。
「ええと、はい。確かに神様お願いしましたけど。でも、貴方を呼んだ覚えは・・・」
「おめぇーよぉ。何祈った、あー」
ギロッとその男は近藤を睨んだ。
「えーとぉー。お妙さんが振り向いてくれますよーにって」
ついさっきの事ながら、突然の問いに記憶を手繰り寄せる近藤に
「その後、その後だよ」
「えーと、その後・・・ですか」
「ああ」
その後ねぇーと又考え込んで
「あっ、そうだ。どーぞ愛のキューピトの矢でお妙さんを射止めてくださいって・・・だったかなぁ」
確かそうだったと思い出した事に手を打って喜んだ。
「それだ、それで俺が呼び出されたんだよ」
ちっとその男は舌打ちした。
「あっ、あのぉぉぉ、良く意味が判んないですけどぉ、貴方は・・・いったいどなた様?」
おずおずと近藤はその男に聞いた。
「キューピットだ!愛のキューピット!!」
「・・・」
近藤は固まった。
「なっ、何だその疑いの目は」
「キューピットってさぁ。頭にわっかが浮いててさぁ、背中に羽根が生えててさぁ、愛の弓を持ってさぁ、そんでもって可愛い子供・・・じゃねーぇの? アンタはさぁ・・・大人の男でしょ。何か変!」
すっかり冷静になった近藤は、疑惑の目でその男を見た。
「てっ、テメェーこの愛のキューピット十四郎様を疑うのかぁ〜」
ピキピキと米神に青筋を立て男は怒った。
「ほら、名前だって変!十四郎って全然普通じゃん。キューピットだったらさぁ、ほら何かそれらしいカタカナ文字の名前じゃ」
ぐっと、愛のキューピットと名乗る男顔を覗き込んだ。
「しかたねぇーだろう、オメーが神社で、キューピットお願いしますってなんて場違いな願いすっからだろーがぁ」
後に引いていた顔をキューピット十四郎はぐっと近藤の顔へ迫った。
キューピト十四郎の剣幕に負ける様に近藤の顔が逆に引かれた。
「まっ、兎に角だ。俺は早くオメーの願いを叶えて帰りてぇからな」
キューピト十四郎は懐からタバコの箱を取り出して火を点けた。
「で、オメーの願いは何だ?」
相変わらず不機嫌な声で近藤に聞いた。
「そりゃぁ、決まってるだろう。お妙さんだ、お妙さん」
目をキラキラ輝かせて、再びキューピト十四郎にぐっと顔を寄せて迫った。
迫られたキューピト十四郎は、両手で近藤の胸を押して返して
「判った、判った」
フーッとタバコの煙を吐き出すと、その煙の中にお妙の姿が浮かび上がった。
「この女かぁ」
煙の中のお妙を指差すと
「お妙さぁーん、近藤勲今、キューピトの力で貴方を射止めますからねぇ。待っててくださぁぁぁい」
煙の中のお妙に抱きつこうと近藤が手を伸ばした途端、フッと煙もろ共お妙の姿が消えた。
空気を抱き締めた近藤は
「お妙さん・・・消えた。どっ、どうゆう事?」
涙目でキューピット十四郎に聞くと
「諦めろ、脈はねぇ」
「なんで、なんで。アンタ、キューピットでしょ。愛のキューピットなんでしょ?」
すがる様に近藤はキューピット十四郎の服を掴んだ
「俺の吐き出すタバコの煙に願い事が映し出されて、その時間が長ければ長いほど願いが叶う可能性が大きい。だが、今みたいに直ぐに消えちまうのはなぁ、叶わねぇーってこったあ、諦めろ」
さらっと言うキューピト十四郎に、
「酷い!そんなぁ」
近藤はその場に泣き崩れた。
そんな近藤にキューピット十四郎は
「まっ、諦めんな。オメーに想いを寄せてるのもいるぜ」
ポンポンと近藤の肩を叩き、これを見ろと煙をフーッと吐き出した。
お妙との事は諦めろといわれて、この世の終りとばかりに落ち込んでいた近藤だが、自分に想いを寄せる人物がいると聞いて、再びキラキラと目を輝かせた。
そして、キューピット十四郎の吐き出された煙の中に浮かび上がる人物を見た近藤は、みるみる顔色が失せ
「うーん」
と唸り声を出しそのまま体を硬直して倒れた。
「おい、大丈夫かぁ。」
倒れた近藤の横に座り込んでキューピット十四郎は
「どーしたんだ、喜べよ。相当惚れられてぞ。」
口から泡を吹いて倒れている近藤の顔をペチペチと叩いた。
その横には、いまだに消える事無くモクモクと立ち上る煙の中に、ZOO EDOの人気者ゴリラの花ちゃんが心配そうに近藤を見ていた。
そして、キューピット十四郎は近藤の手に握られていたおみくじを開く。
 『大凶』

      おわり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ