□ クリスマス・イブ ('11.12.24UP)
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クリスマス・イブを祝う人達の中を十四郎は一人漂うように歩いていた。
華やかなイルミネーションも賑やかに流れるクリスマスソングも十四郎には届いていない。
十四郎の心は言いようのない不安と絶望に捕らわれている。


「へっ、クリスマス・イブだって言うのに、ファミレスで食事かよぉ」
真夜中でもイルミネーションの光りが溢れる通りを窓越しに眺めながら十四郎が不満を漏らすと、
何を注文しようかと近藤はメニュー表に目を落としたまま、
「仕方ねぇだろう、予約したレストランキャンセルしちまったんだから」
「それって、近藤さんのせいだろうが」
「まぁ、そう言うなよ。この埋め合わせはきっとするからさぁ、トシ、何食べる」
近藤はメニュー表を十四郎に渡しながら、ニンマリと笑う。
近藤は同僚の仕事を変わって残業をして十四郎との約束の時間に間に合わなかったのだ。
「なんで、あんたが他人の仕事を肩代わりして残業しなきゃぁならねぇーんだ」
フーッと十四郎が不機嫌そうに煙草の煙と一緒に言葉を吐き出すように言った。
「だって、彼女との時間に間に合わねぇーて泣きつかれちゃぁ断る事出来ねぇもんなぁ」
他人の約束を守らせる為に、十四郎との約束を守らなかった事に十四郎は不愉快だった。
近藤には只のクリスマス・イブでも、十四郎にとって近藤と過ごすクリスマス・イブは大切な時間なのに、他人を優先して自分を蔑ろにされたという思いが十四郎を不機嫌にしている。
近藤と十四郎は一つ違いの幼馴染ではあったが、十四郎にとって幼馴染の近藤の存在が長ずるに従って徐々に違った存在となっていた。
近藤が東京の大学に進学した時も十四郎は後を追って同じ大学を受験した。
当然近藤は十四郎にルームシェアを申し出た。
両方の親達も賛成して、近藤への秘めた想いを抱いたまま十四郎は近藤と一緒に暮らすことになった。
大学を卒業してもそのまま同居している。
「しかし、何だなァクリスマス・イブだってぇのに男二人でファミレスって寂しいなぁ」
ウェイトレスに注文を済ませて、水の入ったグラスに口を付けながら近藤も窓の外を行き交う人達を目を細めて眺めている。
「俺なんかと一緒で悪かったなぁ」
「あはは、俺はトシと一緒で楽しいぞ。ホント言うとあのマンションで一人で暮らしてる時は寂しかったからなぁ。トシが一緒に住むのOKしてもらった時は嬉しかったもんなぁ」
「なっ、何言ってやがる」
近藤の言葉に十四郎は慌てて煙草を灰皿に押し付けた。
近藤の言葉に深い意味が無い事は十四郎も知っているが、心臓の鼓動が煩いくらい体中に響いている。
「あんた、会社に良い女いねぇーの」
十四郎が場を繕うために心にも無い事を聞いた。
「うん、でも、俺の運命の女(ひと)に絶対出会えると信じてっから、その時はトシも応援してくれよなァ」
「あんたってほんと目出度い性格してるよなぁ」
「そっかぁ、有り難うよ。そんな事よりトシはどうなんだ、俺なんかよりも男前だから引く手数多なんじゃぁねぇーの」
ムフフフと笑いながら近藤が逆に十四郎に聞いた。
「へっ、俺って理想が高いからなぁ、そんじょそこらの女は駄目なんだ」
自嘲気味に笑いながら答えると、
「トシには美人が似合うぜ・・・でも、トシに彼女が出来たら一緒には住めねぇよなぁ」
残念そうに両肘をテーブルについて天井を見上げながら言った。
「そりゃぁお互い様だろ」
そう言いながら十四郎は、その逆を考えその日が来ない事を願った。

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