□向日葵( '08.8.4UP)
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「あぁぁっ、暑いなぁー」
移動用バスの窓を全開にして涼を求めるが、流れ込んで来るのは生温い空気だけだった。
例年に無い暑さの真っ最中に車のエアコンが故障した。
走っている時は次々と新しい風が車内を通るが、停まった途端に体中に纏わり付いた空気はそのまま車と同じく停滞し暑さが一層増す事になる。
宇宙サミットの開催で、真選組も警備に借り出され会場へ向かう途中だったが、道に迷ってしまったのだ。
「あっ、あそこに人がいます」
小川の横に大きな木が鬱蒼と茂り、その木陰で笠を被った男が釣りをしている。
車を止めて、バスの出入り口に座っていた新人隊士がその男の所へと走って行った。
車の中は途端にサウナのような暑さとなっていく。
車内の騒ぎを聞きながら、近藤は窓から外の景色を見ていた。
丘の上の家まで続く小道の両側が黄色一色に彩られている。
見事な向日葵の畑だった。
全ての向日葵が太陽へと顔を向けている。
・・・向日葵か・・・
近藤は呟き、今は自分の元を去った親友の言葉を思い出していた。

『俺の夢は、家の周りを向日葵で一杯にする事だ』
『向日葵?』
『ああ、向日葵だ。只ひたすら太陽だけを見てるんだ』
『何か意味わかんねぇーけど、それもいいかもなぁ』

近藤の親友で優秀な片腕だった土方十四郎は、三年前に近藤の元を去った。
近藤がお妙という女と恋仲になった頃から十四郎は近藤から距離を置くようになった。
そして、ある日警視庁総監の優秀な部下の男を副長にしろと近藤に言って来た。
その頃の真選組は近藤の努力と隊士達の団結力で幕府でも一目置かれる組織となっていたが、幕府内の人脈の上ではまだまだだった。
その為に、予算や新しい警備方法等を提言しようにも事務方の部署で停まってしまう事が多々あった。
十四郎が推薦した男は幕府上層部の息子で、文武両道の秀才で父親の関係で幕府内の人脈は絶大な物があった。
近藤は反対したが、真選組の為だという十四郎の言葉に折れてしまったのだ。
確かにその男が副長になった途端に、予算から装備の新調、屯所の改築までことごとく認められ、真選組の懐は充実して行った。
が、隊士達に不満が募った。
悪い男ではなかったが、隊士達の間には十四郎を追い出して副長となったと反感を持たれ、真選組の中に気まずい空気が漂っていた。
一年程して、その男は副長職を辞した。
父親が引退して、その後を継ぐ事になったと言うのは表向きの理由で、実際は副長であるその男が隊内で孤立した事だ。
近藤がいくら隊士達との仲を取り持っても、十四郎を慕っていた特に古参の隊士達はソッポを向いたのだった。
その男が副長職を辞してから、誰もその職に就く者は居なかった。
武道派揃いの一癖も二癖もある隊士達を纏め上げる事の出来る人物がいなのだ。
その後近藤は、十四郎を八方手を尽くして探したがその行方は判らなかった。
故に真選組は未だに副長不在という、異常事態のままだった。

・・・トシ・・・

道を尋ねに行った隊士が戻って来た。
「やはり、この道を真っ直ぐ行けば町に出るそうです」
フウーと、席に着き額の汗を手で拭った。
バスが動き出し、近藤は離れて行く黄色一色の向日葵畑を眺めていた。

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