□十五夜(十四郎視点)
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膨大な量の書類を処理していたら何時の間にか夜に成ってしまった。
庭の虫の音に誘われるように、障子を開け外の空気を部屋に入れる。
それまで、タバコの煙で息苦しい部屋の空気が秋の清々しい空気と入れ替わる。
何本のタバコに火を付けてきたのか本人も定かではない程書類と格闘していた。
無意識に新しいタバコを銜えて、火を付けながら十四郎は廊下に出て来た。
右手で口のタバコを取り左手を右肩にやり首を左右に振ると、長時間同じ姿勢を続けていたため、ゴキゴキと鈍い音がする。
今日は何時になく疲れてるなと思いつつ、何気なく見上げた夜空には真ん丸な月が冴え冴えと輝いていた。
・・・綺麗だな、今夜は十五夜か・・・
と思いながら、廊下の縁に腰を掛け柱に凭れる。
つい、二・三日前までは湿気を含んだ生温い風が吹いていた。
しかし、今感じてる風は爽やかで気持の良い風だ。
フーッとタバコの煙を吐くと、風に乗ってユラユラと漂いながら微かなタバコの香りを残して消えていった。
屯所の中は静まり返り、自分の部屋以外の灯りと言えば、廊下の防犯用の常備灯が薄っすらと点いているだけだった。

・・・まだ、帰らねぇのか・・・
十四郎が長年秘めた想いを寄せている人物の部屋は暗く物音一つしなかった。
再び、溜息と共にタバコの煙を吐き出す。
あの人は今夜もあの女の所に行ってるんだと思うと、胸の奥が痛んだ。
常に傍らに居ても自分の想いは届かない。
ずっと以前に、想いを伝える事は諦めていた。
想ってはいけない相手に恋をした。
男が男に恋をする・・・なんて切ないんだろう。
女に恋をしたのなら簡単だ。素直に自分の気持を伝えれば良い。
叶わなくても想いを伝える事が出来るで事で自分の気持を誤魔化すことは無い。
自分を騙しながら、あの人を毎日近くで見て、感じて・・・
俺はアンタが好きなんだ、ずーっと愛してるんだ・・・いつも咽まで出かかった言葉を無理やり飲み込む辛さ
其の辛さを悟られまいと極力アンタとの接触を避けて
でも、避ければ避けるほど、アンタを強く意識してしまう・・・そんな事の堂々巡り、出口のない迷路の中をたった一人で歩いてる・・・孤独だ
どんなに自分の周りに仲間が居ようと、友人が居ようと、アンタを近くで感じれば感じる程、想えば想うほど俺は孤独の闇の中に落ちて行く
闇の底から見上げれば眩しいほどのアンタが見える
今夜の十五夜の月のように、直ぐ其処に在るのに、手を伸ばせば掴み取れるのに・・・それは、只そう見えるだけ近くに在って遠い存在
自然と両手を頭上に掲げて月を掴もうとするがその手は虚しく空を彷徨うだけ
それでも俺の真っ暗な心の闇に一筋の光を投げかけてくれるアンタについて行くだけだ
アンタだけを見ている、今の俺の生きがいはそれだけ
アンタの傍に居られなくなるまで、何時かは別れる時が来るまで俺はアンタの傍を離れない・・・そして愛し続けるんだろう・・・ずっと叶わない想いを胸に秘めて

再び、タバコの煙を吐き出したと同時に、月が揺れて見えた十四郎の目に何時しか涙が溢れたのだ
秋の冴えた空気の中、虫の鳴く声だけしか無い世界、心の孤独と現実の孤独を感じ
闇夜に浮かぶ月を見て何時になく感傷的になったのだろうと十四郎は流れる涙を拭う事もなく暫く真ん丸の十五夜の月を眺めていた。
・・・近藤さん・・・
愛してはならない人を想いながら。


END

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