□★七夕の夜 '09.7.7★
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「トシ、そろそろ行こうか」
「ええ」
近藤がトシの白く細い手を取る。
今夜は七夕、彦星と織姫が一年にたった一度逢瀬を楽しむ日。
夜の帳が降りようとしている路を、カラコロンと下駄の音を響かせて二人が歩いて行く。
吹き渡る夜風を楽しむかの様に、トシの簪の鈴もチリチリと可愛らしい音をたてている。
半歩前を歩く近藤の頼もしい横顔を見ながらトシは幸せを感じていた。
繋がれた手から伝わる、近藤の温もり。
トシはほんのりと頬を染めて、近藤に導かれて行く。
「トシ、こっちだ」
「えっ」
突然近藤が繋ぐ手に力を籠めて、トシの手を引く。
夏の夜を楽しむ人達が歩く通りから、小さな横道に入る。
「花火大会はあっちよ」
訝るトシの言葉に、
「良いんだよ、こっちで」
振り返る近藤が優しく微笑む。
その顔を見てトシの気持が和む。
近藤の持つ提灯の淡い灯りを頼りに、二人は進む。
「着いたよ」
近藤の言葉に、トシが周囲を見回す。
暗闇の中から水のせせらぎが心地良く聞こえて来る。
フッと近藤が手に持つ提灯の灯りを消す。
一瞬の暗闇。
「あっ」
トシが歓声の声を上げる。
漆黒の闇に小さな無数の光が夜空を舞う。
フワフワと飛び交う光は、暗闇の中で輝き幻想的な世界を繰り広げる。
小さな光の一つがトシの肩に止まる。
「蛍だわ」
トシがその白い手を差し出せば、幾つかの光がその手に止まっては飛び立ち、そしてまた止まる。
「トシ、おいで」
近藤が優しく手を差し伸べて、トシを自分の横に座らせる。
近藤がトシの肩を抱き寄せて、
「見てごらん」
片手を高く夜空を指差す。
飛び交う蛍の向に、無数の星が煌く。
夜空を天の川が横切る。
その両側に一段と光輝く星が二つ。
彦星と織姫。
見上げるトシの頬に一筋の涙が流れる。
一年に一度しか会えない恋人達を悲しむ。
どんな形にせよ、愛する人の傍にいて愛し合える幸せを噛み締め、トシは近藤の胸に当てていた手に力を籠める。
「ん、どうしたトシ」
そんなトシに心配そうに声を掛ける近藤に、
「何でもないわ・・・幸せで怖いくらよ」
近藤の顔を見上げ、そしてその唇に自分の唇をそっと当てる。
トシの簪の鈴がチリチリと鳴る。
そんなトシに近藤も肩に回していた手に力を籠めて抱き締める。
遠くから、ドーンと音がした。
「おっ、花火だ」
近藤が呟くと、遠くの夜空に色とりどりの花火がパーンと開いては次々と消えて行く。
「ここは、特等席ね」
トシが嬉しそうに微笑む。
「ああ、天の川に蛍。そして花火・・・何よりもトシと一緒に見られる事が俺には一番だなぁ」
トシを胸に抱いたまま近藤が囁く。
「私もよ」
寄り添う二人の影が闇に溶けて一つになる。


「あっ、沖田さん。ここに掛けてあった火の用心の提灯知りませんかぁ」
屯所の廊下で山崎が頭を傾げている。
「そりゃぁ、あの二人の仕業でぇ。今朝、近藤さんがローソク、ローソクって騒いでいたからねぃ」
面倒そうに沖田が応えた。
「ええっ、あれは町内の防犯灯代わりに火消し組から借りてきた物なんで、今夜返さなきゃならないんですよねぇ」
通り過ぎようとする沖田に、
「何時帰ってくるんでしょうねぇ」
困り果てた山崎が総悟に問うと、
「そんな事俺に判るわけがねぇでさぁ、二人に聞いてくれ・・・、まっ今夜は帰って来ねぇーんじゃぁねぇの」
そう言うと、総悟はスタスタと山崎を残して自室へと入ってしまった。
その夜、真選組の屯所から叫び声が続いていた。
「きょくちょぉぉぉぉぉ、土方さぁぁぁぁぁん、早く帰って来てくださいよぉぉぉぉぉぉ」


END

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