□★ 紫陽花の小路 ★(2008.7.5)
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しとしとと雨の振る小路。
両側に、青や薄紫の紫陽花が雨に濡れ生き生きと咲き誇っている。
この小路は春には桜の花が咲き乱れる並木道、初夏には紫陽花の道になる。
カラコロと下駄の軽やかな音を立て、真っ赤な蛇の目傘を楽しそうにクルクルと回しながら一人の女性が歩いて行く。
薄紫の雨コート、黒塗りの時雨下駄にはコートとお揃いの爪皮が付いて彼女のつま先が雨で濡れるのを防いでいる。
豊な黒髪を綺麗に結い上げ、銀細工の簪の先には小さな鈴が揺れて彼女の動きに合わせてチリチリと可愛らしい音をたてている。
細くしなやかなな手で、蛇の目傘の柄をクルクルと回していてる、もう一方の手には男物の番傘を持っている。
雨に拭われて紫陽花の葉が緑を濃くしている。
「まっ、可愛い」
紅く形の良い唇から感嘆の声が漏れる。
静かに降り注ぐ雨を楽しむかのように一匹のカタツムリが角のような二本の眼をゆらゆらと揺らしながら、紫陽花の葉の上を這っている。
彼女は身を屈め、カタツムリへ視線を落としその背にある殻をつつく。
つつかれた振動で葉に溜まっていた雨水がポタリと彼女の足元へ落ちる。
「うふ」
彼女はそれが楽しいのか何度もカタツムリを突いている。
カタツムリは溜まらず、方向を変えて葉の上を這って行く。
彼女はジッとカタツムリが這っている様子を、長い睫毛で覆われた黒い瞳を嬉しそうに細めて眺めていた。
カタツムリは細い葉の枝を伝って、小さな花が密集して毬のようになった紫陽花の下へと姿を隠した。
「さよなら、カタツムリさん」
彼女は見えなくなったカタツムリに別れを言って、再び小路を歩いて行く。
「あら」
それまで手毬のような紫陽花の中に、変わった紫陽花を見つけた。
白い花びらを持った大きな装飾花が、小さな花が密集している中心から飛び出してまるで花火のような紫陽花を見つけた。
「まあ、綺麗」
純白の装飾花を一輪摘んでその黒髪に挿す。
「うふふ」
黒髪からその白い手が離れると、簪の鈴がチリチリと鳴る。
また、カラコロと下駄を鳴らして小路を進む。
ふと気が付くと、雨があがり木々の間から青空が覗く。
真っ赤な蛇の目傘を閉じ、片手でぶらぶら揺らして歩く。
誰も居ない静かな小路に彼女の軽やかな下駄の音と、それに合わせ時々チリチリと簪の鈴の音が響いている。


「遅いぞ」
小路の先にある小さな茶屋の前に、一人の体格の良い精悍な顔をした男が立っている。
咎めるその声に怒りは無い。
彼女を見る瞳は優しく愛しさに溢れていた。
男の名は真選組局長近藤勲。
「ごめんなさい」
彼女はニッコリと華のような笑顔を向け、その体を近藤の胸に預ける。
チリチリと鈴が鳴る。
近藤は彼女の背に手を回して。
「ずっと見てたぞ。寄り道ばかりしてしょうがねぇなぁ」
「だって、カタツムリがとっても可愛らしかったし・・・ねっ、見て綺麗でしょ」
彼女は髪にさした紫陽花の花を近藤に見せた。
何気に横を向いた彼女のうなじの白さが純白の紫陽花の花よりも眩しかった。
「ああ、綺麗だなァ」
近藤は彼女に笑窪を作ってみせた。
「うふ、でしょ」
彼女は頬を染めて髪からその紫陽花の花を抜き、近藤の上着のポケットに挿した。
近藤は彼女の白く細い手を取り、その手を自分の胸の上で握りこんだ。
「トシ・・・愛してるよ」
突然の愛の言葉に彼女は目を見開き、そして黒い瞳を長い睫毛の縁取る瞼で塞ぎ俯く。
「私も・・・よ」
近藤にしか聞こえない小さな声で呟く。
近藤は握りこんでいた彼女の手の甲に自分の唇を当てる。
そして、その唇は彼女の紅く小さな唇の上に移動する。
簪の鈴がチリチリと鳴る。
小鳥が啄ばむような軽い口付け。
二人の間に甘い時間が流れる。
「帰ろうか」
近藤が彼女の耳元で囁く。
「ええ」
紅く濡れた唇で彼女が恥じらいながら答える。
近藤は彼女の手から番傘を取り、それを開く。
「雨、上がってるのよ」
開いた番傘を頭の上に掲げる近藤に彼女は不思議そうに聞いた。
「いいんだ、おいで」
ニッコリと近藤は彼女の手をとって番傘の中に引き寄せた。
パラパラと番傘の上に桜の葉からさっきまで降っていた雨の雫が落ちる。
「ほら、まだ振ってるだろう」
「うふ、本当に」
近藤は胸に凭れて歩く彼女の肩を抱く手に力を籠めるとチリチリと鈴が鳴った。


END

★鬱陶しい梅雨も、近藤さんとトシタンは甘々です。

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