□★A Bride★('08.2.1)
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大江戸の目抜き通りを、花嫁行列が粛々と進む。
通りに響くのは、シャンシャンと花嫁を乗せた馬のたてがみに付けられた鈴の音だけ。
真っ白な花嫁衣裳に包まれた花嫁は、晴れの日に相応しく飾られた馬の背に揺られ、綿帽子を目深に被りその表情は見えない。
僅かに除く、形の良い顎と紅い口紅で彩られた唇だけが花嫁の美しさを物語っている。
花嫁行列を見送る群衆は、喜びよりも悲しみで行列を見送っている。
花嫁が向かう式場には、花婿となる天人が待ち受けている。
天人の傀儡となった幕府は、天人の望むままに幕府高官の娘を差し出す。
結果、天人と幕府の関係は安泰となる政略結婚だ。
花嫁と言えば喜ばしいが、ていの良い人身御供なのだ。
只一つの救いは、花婿となる天人がグロテスクな化け物の様な物ではなく、人間の形を成している事だ。
しかし、江戸の町民は、天人の元に嫁ぐこの美しい花嫁に同情を寄せ、涙を流しながら見送る。

行列が間もなく式場に到着という直前、俄かに前方が騒がしくなった。
何事かと、花嫁に付き従っていた従者達が走って行く。
すると、路地から数人の男達が、行列を見送っていた群衆の間を縫って花嫁目掛けて躍り出た。
幕府の転覆を狙う攘夷浪士達だ。
如何に天人に敗れたとは言え、傀儡となった幕府の転覆を狙い、政略結婚を阻止しようと花嫁を奪取する魂胆だった。
騒ぎに驚く馬は、前足を高く蹴り上げ嘶いた。
振り落とされまいと馬の首に必死にしがみ付く花嫁。
口取の従者は、他の従者よりも鍛え抜かれた体つきだが、その従者の力を持ってしても馬の興奮は中々静まらなかった。
その時、一人の男が馬の前に立ちはだかった。
遠巻きに花嫁行列を警護していた、真選組局長近藤勲だ。
「どうどう、よしよし」
声を掛けながら、馬の横に回り首をパンパンと軽く叩くと、馬は徐々に静かになっていった。
近藤はまだ興奮状態が覚めやらない馬の前面に移動し、馬の鼻を優しく撫でた。
「よしよし、良い子だ」
ブフフフフーッと鼻を鳴らす馬に、ニッコリと笑いかけた。
馬が静かになりホッとしたのも束の間、攘夷浪士達が近藤と花嫁を乗せた馬を取り囲んだ。
抜刀する浪士達と剣を交えている近藤の耳に
「きゃ!」
花嫁の叫び声が入って来た。
振り向けば、近藤と対峙している浪士達とは別の浪士が花嫁を馬から引き摺り降ろす所だった。
花嫁は、馬にしがみ付いて抵抗しているが、屈強な男達の力に適う訳も無く、あっさりと馬から降ろされたが尚も抵抗する花嫁に一人の浪士が当身を食らわせた。
「うっ」
花嫁は低く呻いてその場に崩れ落ちた。
「あっ!」
近藤は急いで花嫁に駆け寄ろうとするが、浪士達がそれを許さなかった。
次々と襲い来る浪士を斬り捨てる近藤ではあったが、花嫁までの距離は縮まなかった。
その間、浪士の一人が気を失った花嫁を肩に担いで走り去るところだった。
肩に担がれたときに花嫁の真っ白な綿帽子がハラリと落ち、その美しい顔が露わになる。
綺麗に結い上げた文金高島田には鼈甲の笄が挿され、閉じられた瞼は黒く長い睫毛に縁取られ、小さく形の良い唇は薄っすらと開かれていた。
遠巻きに騒乱の様子を見ていた群衆から、花嫁の美しさに溜息が漏れた。

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