□別れ('08.1.14)
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「村の子ども達の歓声で賑わっていた神社の境内も、日が傾き出すと一人二人と家へ帰り、辺りが夕焼けに真っ赤に染まる頃になると、境内には勝太と歳三の二人だけになっていた。
「歳、そろそろ帰るか」
「うん、もう少しだからちょっと待って!」
境内の隅に大きな柿の木には、真っ赤に熟れた柿がたわわに生っていた。
歳三はその柿を落とそうと、自分の何倍もある棒切れを懸命に振っている。
棒は熟れた柿の実に僅かに届かない。
それでも、小さな体を目一杯伸ばして頑張っている。
勝太は、
「どれ、貸してみな」
歳三の小さな手から棒を受け取り
「えい!」
掛声と一緒に思い切り棒を一振りすると、パラパラと葉が落ちて来るが肝心の柿の実はしっかりと枝に付いたままだった。
「やーい、かっちゃんのへたくそぉー!」
パチパチと手を叩いて囃子たてる歳三に、むっとした勝太はその長い棒を歳三に向ける
「へっ、自分だって出来なかったくせに!」
「やっ、止めろよ!危ないじゃないか」
「うるせぇーーーっ」
キャーと逃げる歳三を、棒を旗ざおの様に掲げて勝太は追いかけた。
既に子どもは二人だけだが、キャッキャッと子犬がじゃれ合うように境内に二人の声がこだましていた。
暫く追いかけていた勝太が、
「歳、帰ろうぜ」
棒を柿の木に立てかけて歳三を促すと
「あっ、ちょっと待ってて」
何?と問いかける勝太を残して歳三は神社の前へ駆けて行き。
合わせた両手に額をくっつけて、ぶつぶつ呟きながら祈った。
パチパチと小さな手を打って深々と礼をすると、勝太に向かってニコニコしながら戻って来た。
「ゴメンね、またせちゃったネ」
目をキラキラと輝かせて勝太に詫びた。
「歳、いつも何お祈りしてんだ」
歳三はこの境内で遊んで帰る時に必ず何か祈ってから帰る。
「うん、今日はかっちゃんと遊べて楽しかったです。有り難う御座いましたって、そんで、又明日もかっちゃんと一緒に居られますようにって、神様にお願いしたんだよ」
ニッコリと顔を綻ばせて言った。
「歳、もしも、もしもだよ。俺が江戸に行っちゃったらどうする?」
驚く歳三の顔を真っ直ぐに見て勝太は聞いて来た。
「えっ、かっちゃん、江戸に行っちゃうの?いつ、いつからなの?ねえ、ねえ」
「うん、その・・・今直ぐって訳じゃないけど・・・」
「そう・・・かっちゃん・・・居なくなっちゃうの・・・」
歳三の目にみるみるうちに涙が溢れ、ポロポロとそのふっくらとした頬を伝って流れ出して来た。
「とっ、歳。その内だよ。その内。だって、俺達だって大人になったら一緒に江戸に行って武士になる約束だろう」
歳三の涙を見て勝太は心が痛んだ。
歳三の頭を撫でながら、泣いている歳三の顔を覗き込んで優しく微笑むと
「そっかぁー、うんじゃ、俺もお願いしなきゃな」
勝太も歳三を残して神社の前に行き、両手を合わせて歳三と同じ事を願っい、勢い良くパンパンと手を打った。
「歳、今度こそ本当に帰るぞ。歳の家まで送るから」
「うん、ありがと」
自然に手を繋ぎ二人は境内を後にした。

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