□人生最良の日と最悪の日
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何故か歳三の部屋でのんびりと中庭を眺めていた近藤は
「なあ、湯治でも行ってのんびりしてぇな」
誰に言うともなく呟いた
「最近忙しいからな。行って来ると良いぜ。」
机に向かって書き物をしながら歳三が答えた
「でも、なぁ」
「手配は俺がしておくから」
「・・・」
「うん?なんだ費用の事か・・・そんなら心配すんな。俺が何とかするから」
「そっ、そっか。でも一人じゃなぁ」
「そうだな、アンタ一人で行っても仕方ないか、だったら、女連れて行きゃ良いじゃねぇか」
歳三は、近藤が吉原から引かせた花魁の深雪太夫を連れて行きたてと思っているのだと察した。
「深雪・・・ねぇ」
小さく呟く近藤の声は歳三には届かなかったのか、歳三は手を休める事無く仕事に集中している。
「なぁ・・・」
「・・・」
反応の無い歳三の横に移動した近藤は
「おい、仕事なんか後からにしたら良いじゃないか、 相談に乗ってくれよ」
書類を目で追う歳三の顔に手をやり無理に自分へ向けさせた。
「惚れた女と湯に浸かってシッポリするんなざぁ、おつなもんじゃねぇのか。それ以上に何望むんだ」
とピシャッと歳三に言われてしまって、うっと近藤は言葉に詰まってしまった。
「なぁ、歳・・・俺が女と二人きりで湯治に行っても・・・そのぉ、なんとも思わねぇの?」
「はっ?何だそれ・・・何で俺とアンタが、アンタが引かせた女と湯治に行くのは関係ねぇーんじゃねぇの」
「いゃ、それはそうなんだがなぁ」
近藤は、歳三から目を話して天井を仰いだ。
「とにかく、アンタの気に入る宿を手配しておくから。まっ、ゆっくりして来るこったなぁ。屯所の事は俺に任せてナ」
歳三は言うだけ言ったら、また机の書類に顔を向けた。


歳三は机に向かっていても近藤が気になって仕事が手に付かなかった。
その内、近藤の盛大な溜息を聞いた。
「ああ、あの頃の歳は可愛かったなぁ」
外まで聞こえるような大きな声で近藤は言った。
「俺が行けば、キャーッ!かっちゃん、かっちゃんってなぁ、俺にピトッと抱き付いて来たりしてなぁ」
ビクッと歳三の体が強張る。
「それが、いまじゃどーだ。俺の事なんかどーでも良いんだろうよぉ」
「・・・」
「あーそうだった。そう言えば歳は俺の嫁になるんだったよなぁ」
振り返った歳三の顔は真っ赤になって、
「いっ、いったい何時の話してんだよっ」
ワナワナと体を震わせて近藤に抗議したが、そんな事は何処吹く風の近藤は
「ホント、可愛かったぜ。かっちゃん、だーい好きなーんて言ってよ」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ!良い加減にしろ!」
怒鳴ってから、ハッと気が付けぱ中庭には総司を筆頭に屯所内の隊士全員が二人の会話をニヤニヤしなが聞いていた。
「おっ、お前ら・・・総司! 何勝手に話聞いてんだよ」
と一同を睨み返すと、
「おっ、総司。なーんだ皆居たのか。聞いてくれよ。歳が小さい頃は俺の事だーい好きなんて言ってたのによぉ。新選組副長になったら、俺にもの凄く冷たいんだよなぁー、コレってどう思う?」
「ちょっと、近藤さん何でこいつ等に相談してんだよぉ」
慌てて近藤を制する歳三だが、
「へーっ、副長って、局長の許婚だったんですかぁ〜」
と隊士の一人が叫んだ。
「だっ、誰だ今変な事言った奴は!前に出ろたたっ斬ってやる!!!」
刀に手を掛けようとしたが、其の手を近藤に押さえられて
「歳、そこで相談なんだがよ、俺はお前と一緒に行きてぇんだよ湯治」
「はっ」
「へっー、そりゃぁ良いですネ。土方さん、たまには二人で行ってくれば、昔に返って近藤さんに甘えてきたらどうーです」
総司がニヤニヤと言えば
「ばっ、馬鹿野郎!!!」
それまで以上に真っ赤になって怒鳴る歳三に
「総司、ありがとよ。それにな・・・歳は俺の・・・・うぐぐぐっ」
まだ、子供の頃の話を続けようとする近藤の口を歳三は慌てて押さえて
「わっ、判ったから。もう黙れ!」
「歳、良いのか?」
「ああ」
渋々承知する歳三と、やったとばかり満面の笑みを隊士達に向ける近藤だった。
「局長、やったぁ、良かったですねぇ」
「久しぶりにお二人でゆっくりして来てくださいねぇ」
「おおっ、ありがととよ」
ワアワアと囃子立てる隊士達は、茹蛸のように真っ赤になった歳三に、とっとと仕事に戻れと怒鳴られて口々に
「副長って、子供時代がぁったんだなぁ」
「アハハハ当たり前だろうがよ、でも相当可愛かったみてぇだぞ」
「ああ、あんなに真っ赤になって可愛いよなぁ。何だか今までの副長を見る目が変わっちゃうよなぁ」
などと言いながら其々の持ち場に戻っていった。
この日は、歳三と湯治に行くという願いが叶って人生最良の日となった近藤と、子供の頃の事を隊士達の前で暴露され必死で作り上げた『鬼の副長』の仮面を剥がされてしまった歳三にとっては人生最悪の日となった。

その後、隊士達の楽しみは近藤から歳三の子供の頃の微笑ましい話を聞く事だった。
勿論、歳三には内緒である。
そして、隊士達の間で土方の事を『鬼』から『姫』と呼ぶようになった。


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