□約束
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勝太は初めて気になる女の子が出来た。
それは、隣村のお夏という名の子だった。
同じ道場に通う兄弟子の妹だった。
クリクリっとした目の可愛い女の子だった。


「かっちゃん、剣術の鍛錬終ったら遊べるんだろ」
幼なじみの歳三が剣術の鍛錬のために行った道場で俺に駆け寄って来た。
歳三は勝太が道場に来る日を指折り数えて待っていたのだ。
勝太も鍛錬が終った後、歳三と遊ぶのが今までは一番の楽しみだったが
「あっ、ごめん。俺、友達と約束してるから家に帰らなきゃならないんだ」
「じゃ、俺も一緒に行くよ」
「駄目、駄目だよ歳。ごめん」
勝太は、お夏と川遊びの約束をしていたのだ。
勝太は、歳三が好きだ・・・それは幼なじみの親友としてであった
初めて勝太は女の子に恋をした・・・と思っている。
だから、当然ながら歳三よりもお夏の事を優先したのだ。
唖然とする歳三をその場に置いたまま、勝太は道場に行ってしまった。


勝太は、剣術の鍛錬が終ってから真っ直ぐにお夏の待つ川原に行った。
お夏は待ちくたびれた様子で、川岸の桟橋に座ってピチャピチャとつま先で川面を蹴っていた。
「おなっちゃん、待った?」
川面をつま先で蹴る動作に集中していたお夏は、不意に声を掛けられビクッと肩を上げて振り返った。
「あっ、勝太さん。もう剣術の鍛錬終ったの?」
「ああ、急いで帰って来た」
ハアハアと息を弾ませて言う勝太をみて、クスクスとお夏はその可愛い口元を綻ばせた。
そして、暫く二人で桟橋に座って話をした。
剣術の事、自分の将来の夢の事等をいろいろと話をした。
いつも、男の子ばかりと遊んでいる勝太にとって、他愛もない事にコロコロと笑い、ちょっとした事に頬を染めるお夏の反応は新鮮だった。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。


「かっちゃん、その子誰?」
突然歳三の声がした。
「あっ、歳・・・」
「そっかぁ。約束した友達って・・・そいつなのか」
歳三は、勝太の後ろに隠れたお夏を睨み付けた。
「歳、この子はおなっちゃんって言うんだ。可愛いだろう?」
「こっ、こんにちわ」
照れて赤くなった勝太の後ろからチョコンと顔を出して歳三に挨拶をした。
「いつも、剣術の鍛錬が終ったら俺と遊ぶって約束してたじゃないか・・・それなのに、それなに」
「歳、それは・・・でも、俺・・・」
「俺より、そいつと居るのが良いんだかっちゃんは!」
ワナワナと全身を怒りに震わせて歳三は目に涙を溜めて勝太の顔を見た。
そのまま、二・三歩後ずさりすると踵を返して其のまま掛けだした。
「歳・・・・! 待てよ」
勝太は歳三を追いかけようとしたが、お夏が袖をしっかりと握り込んでいた。
「勝太さん、いま子は誰。なんか怖かった」
「ああ、俺の幼なじみで歳三って言うんだけど・・・」
「私、あの子嫌いだわ」
「おなっちゃん・・・」
勝太は自分の後ろで震えながら縋るお夏より、歳三が心配になった。


次の日、勝太は歳三の家に急いだ。
昨日の歳三の顔が頭から離れなかった。
一刻も早く歳三に会わなければならないような気がした。
歳三の家に行くと、姉のおのぶが出て来た。
「勝太さん、昨日なにかあったの?歳ったら 昨日から一言も口を利かないのよ」
「そうですか、それで歳は何処に居ますか」
「きっと、納屋に閉じ篭もってるわ」
失礼しますと、おのぶに頭を下げ納屋に向かった。
納屋は中から閂が掛かっていて開かなかった。
「歳・・・居るんだろう。俺だ、開けてくれ」
中からゴソゴソと微かに何かが動く音がした
「歳、昨日はごめんな。頼むからここ開けてくれ」
ドンドンと勢い良く扉を叩いた。
中からは何の反応も無かった。
「歳、いい加減にしろよ」
今度は扉に体当たりしたが、体格が良いとはいえまだ子供の力では扉はびくともしなかった。
「なあ、歳。おなっちゃんの事話さなかったのは悪かったよ。俺さ、女の子と付き合うの初めてだっただろう。だからさ、つい夢中になっちまってさ・・・・歳に言いそびれちゃったんだ」
勝太は、納屋の扉を開ける事を諦め、中の歳三に語り始めた。
「俺は、おなっちゃんも好きなんだ。でも、歳・・・お前も大事なんだよ。みーんな、心配しるぞ」
中で人の気配がして閂が外され、体中に藁くずをつけた歳三が出てきた。
「歳、どうしたんだ。お前らしくもないぞ」
俯いたまま何も話さない歳三を見て勝太が言えば
「皆、居なくなっちまうンだ」
「歳・・・何いってんだ。居なくなったりしないだろう、俺だって此処にいるぞ」
「俺がいい子でないから、神様が罰を与えるんだ」
「歳、どうしたんた゜」
歳三の両肩に手を当てて、歳三の顔を覗き込む
「母ちゃんだって死んじゃったし。のぶネエだって彦五郎さんのとこへお嫁に行っちゃうし、かっちゃん、かっちゃんもそうなんだ」
涙をポロポロ流しなが小さな声で歳三が言った。
「歳は何にも悪い事してないじゃないか」
「皆、言ってる・・・俺が生まれたから母ちゃんが死んだんだって。俺さえ生まれなきゃ母ちゃんは生きていられたって・・・。だから俺、いい子じゃ無いんだ」」
「歳、そんな事ないぞ。歳の母ちゃんだって、歳が生まれるずーっと前から病気だったんだ。歳のせいじゃないって」
「かっちゃんだって、ずーっと一緒だなんて言ってたけど、あのお夏って子が好きだから俺よりあの子と一緒ないたほうが良いんだろう」
涙で濡れた瞳で歳三は勝太を真っ直ぐに見た。
「歳・・・」
勝太は戸惑った。
ニコニコと自分の後を付いてる回る歳三が、大人の心無い一言にこんなにも傷ついていたのを知らなかった。
自分はいつも歳三の事を見ていると思っていた。
歳三の全てを知っていると思っていた。
だが、それは違っていた。
一体自分は歳三の何を見て居たんだろうという後悔の念が押し寄せてきた。
こんなにも自分を慕ってくれる歳三を護るのは自分しかないと思った。
そして、今まで以上に歳三が愛おしくなった。
その震える体を強く抱き締めて
「歳、ゴメンな。俺、本当に歳の事大好きだから。本当に大事だから。これからもずーっと一緒だぞ」
「かっちゃん・・・」
歳三の細い腕が勝太の背中に回り、その着物をぎゅっと握りこんだ。


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