□想 (連載中)
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「そいつは、あんたにとってそんなに必要なのか?」
と、歳三が問えば。
「もちろんだ、歳。伊東さんは学識豊でその上腕も立つ。俺も池田屋の事からこっち、会津藩や朝廷のお歴々と話し合う機会が多くなった、今まで山南さんにいろいろと教えて貰っていたが、伊東さんがこの新選組に入隊してくれるってんだ。それこそ、鬼に金棒だよ」
と、満面の笑みを浮かべて言った。

近藤は最近、政治に首を突っ込んでいた。
幕府の重役達との会合に出ては、熱弁を振るっていた。
池田屋騒動でその名を馳せた”新選組”。
荒くれ浪人の集団を仕切る頭として、一目置かれる存在となった。
そして、各藩の重役達は何かと近藤に話かける様になった。
「流石、近藤殿。あの荒くれ浪人達を束ねてご活躍ですな。一度、近藤殿のご高説を伺いたいものです。」
「近藤殿の指揮する新選組が不逞浪士取締として、この京にある限り安心ですな」
などと、歯の浮いたお世辞を言った。
会津藩を除いては、皆新選組を腹の中では蔑んでいた。荒くれ浪人の集まり人斬りの"壬生狼”と。
しかし、近藤は各藩の重役達の賛辞の言葉を喜んだ。
「歳!! 新選組はようやく幕府に認められたんだ」
と、その四角い顔に笑窪を作り
「よかったな、近藤さん。これからもっと新選組を強くして日本一の剣客集団に育てようぜ」
歳三はニッコリ微笑んだ。
 ――相変わらず、甘いなァあんたは、皆はただ、触らぬ神に祟りなしを決め込んでるだけなんだぜ。俺たちゃァ幕府にとっちゃただの捨て駒さ――
と、胸の奥で呟いた。

隊士募集に東下した際に先発していた藤堂の紹介で、伊東甲子太郎に会い、その学識の広さに惚れ込んでしまった。
是非、入隊して欲しいとの近藤の誘いに最初は言葉を濁していた伊東がついに、近藤の手を取って、涙ながらに、お国の為、攘夷を成し遂げましょうと入隊を承知した。
その、伊東といえば・・・近藤殿と一緒に京にあがり、すぐにでもお役に立ちたいが、小さいとはいえ道場をたたむには、後の事などいろいろと手回しせねばなりませんので、それが終り次第馳せ参じます・・・と、言って近藤と一緒には京に来なかった。

近藤が無事帰京した祝いにと試衛館の仲間で飲もうという事になり、局長室へとみんなが集まったその席で
「ついては、皆に相談なんだが、今回伊藤甲子太郎殿が入隊されるに当り私としては、何らかの役職を持って遇したいのだが、どうだろう・・・歳・・・どうだ」
「どうだって・・・俺は反対だ。いくら江戸で名の通ってる御仁かは知らぬが、この京にあって、どれだけの働きが出来るか。まだ、海のものとも山のものと判らぬやつらに最初から役職を与えるのは・・・な」
と、その”壬生の鬼”と世間の噂が信じがたいような、白皙の面を上げるが、近藤の顔は見ずに長い睫毛に覆われた目を伏せたままに言った。
「それに、腕が立つたってぇ、道場剣法と実際に人を斬るのじゃぁ、ちと違うからなぁ。新選組に頭は必要ねぇぜ。必要なのは戸惑うことなく人を斬れるか斬れないか・・・それだけだ」
と、フンと口の端を上げた。
「しかしなぁ、歳。学がなきゃぁ何にも出来ねぇぜ。会津藩や幕府のお歴々と会合するったってぇ、相手が何言ってんだがわかんなきゃ話もくそもあったもんじゃないぜ。その上、意見を求められたら答えにゃならん、そのためにゃ学がなきゃ駄目だしな。」
と、歳三の顔色を伺うように言った。
近藤は、歳三の手腕には舌を巻いていた。
その、情容赦のない仕置きのおかげで隊の規律は守られている。
今の新選組があるのは、歳三が多摩の頃の歳三の顔を捨て働いたお陰だ。
剥き身の刀のような鋭利な頭脳をもち、強靭な精神力がある。
容姿といえば、常に黒羽二重の着物を身に着け、百姓の四男坊とは思えない隙のない身のこなしだ、役者のような優男である。黙っていれば何処からみても立派な侍だ。欠点といえば口の悪さだ。多摩のガキの頃のままだ。
そしてもっとも近藤がこの男に望むものは”学”だ。
常々、歳三にもっと学があればと思っていた。
歳三に学が無いのかといえば、そうでは無い、興味がないだけなのだ。
何事にも、口よりまず行動。軽率に動くのではない、行動する前にあれこれ思考を巡らし、最良の結論に基づいて行動するのだ。
今の新選組に必要なのは論客ではない、刀を振るう腕である。と、歳三は考えている。
しかし、近藤はそうではない。政治を語る事に情熱を傾けている。そうする事が今の新選組が幕府に認めてもらい、如いては長年の夢である”一国一城の主”になるための最良の手段だと思っている。
右腕と頼んだ、幼馴染のこの男の実務に対しての手腕は素晴らしい。
商家に丁稚として入ったり、家業の薬を行商をしていたので算術に長け、斬り込みとなれば、先頭に立って浪士の群れに飛び込んでいく。
が、会津からの呼び出しがあっても、歳三は行かない。一日中くだらない議論で不逞浪士を取締れりゃァ いくらでも行くさ、と言って黒谷はに足を向けない。。
そんな歳三が最近は疎ましく感じる近藤であった。
今回の伊東に対する処遇についても、歳三はがんとして首を立てに振らなかった。
そして、ついに
「いい加減にしろ!! 新選組局長の俺が頼んでるんだゾ! ちったぁ考えてくれても良いじゃねぇのか、お前だけの新選組じゃないぞ!」
と、思わず口走ってしまった。
一瞬、歳三の顔が歪んだ。
と、其の時じっと二人の遣り取りを聞いていた永倉が口を挟んだ。
「そうだな、土方さんよ。前々から一度あんたに言おうと思ってたんだが」
と、歳三の顔を直視した。
「そりゃぁ、この烏合の衆を纏めるのに苦労してるのは判るぜ。だがなぁ、一人で何もかも決めてしまうのはどうかと思うぜ。俺たちゃァ ずっーと長い間仲間としてやって来たんだぜ、もうちっとぁ信頼しくれても良いと思うぜ。それに、局長の近藤さんがあれだけ言ってんだぜ。」
「そうだねぇ 最近土方さん隊士の間でも評判悪いぜ。有無を言わせずに隊士たちを切腹させちゃうしなぁ」
と、原田が横から言えば、
「そうですようねぇ 土方さんが道場に現れた途端に新入隊士なんか一斉に怯えちゃいますもんね アハハ」
愉快そうに沖田が笑いそして
「最近、山南さんも元気がないから、土方さん、少し仕事譲って差し上げたらどうですか」
歳三の横に移動し肩に手を回して言った。
沖田の提案に一同が頷く中、山南が口を開こうとしたその時、
「近藤さん、あんたにとってその伊東とやらは、そんなに必要なか」
低くくそして、良く通る声で歳三が聞いた。
「ああ、俺に取っちゃこれからは、山南さんと伊東さんの学識が必要だ。新選組をもっと大きくする為にゃ、二人の存在は不可欠だぁ。だがなぁ、歳。お前だって新選組には必要な人間だぞ」
と、なんのためらいもなく即答して来た。

 ――お前は新選組にとって必要だ――

そんな事聞きたかった訳じゃない。
俺は、あんたが必要だ思ってくれてるとばかり思っていた。
だから、あんたの夢をかなえる為に人間の顔を捨てて“鬼”と呼ばれても平気だった・・・が、あんたはそう思っていたんじゃなんだ・・・歳三の中で何かが音を立てて崩れていく。
軽い眩暈が襲う。崩れそうになる体を必死に留めた。
その様子を見ていた山南が再び口を開こうとした時
「判ったよ、近藤さん。あんたの気の済むようにするさ。誰にも文句は言わせない役職を伊東に付けるぜ」
と、自虐的な笑みを見せて歳三は席を立った。


一瞬静まり返った部屋の隅で、黙々と酒を口に運んでいた。
普段は無口のうえに無表情で何を考えているかわからぬ斉藤が
「良いのか、あの人にあんな事言って。後で困るのは誰でもないあんたらだぜ」
と、言って彼も部屋を出て行ってしまった。
気まずい雰囲気が流れたが、
「まっ、今日は近藤さんが無事帰ってきた祝いだ。無礼講でいこうぜ」
原田が相変わらずの明るい調子でいった。
「しかし、なんだなぁ、総司が土方さんにあんな事言うなんて以外だなぁ」
土方の肩にまわした腕を土方から振り払われて、戸惑ったような顔をしている沖田が、
「私だって、土方さんべったりって言うわけじゃないんだ。私にだっていろいろと考える事はあるんですよ」
「へっ! だってさ、試衛館に居る時から土方さんがいなきゃ夜も日も明けない総司じゃなかったのか、俺はてっきり、総司は土方さんの稚児かと思ってたぜ アハハハ」
冗談めかしに原田が言えば
「やめてくださいよ」
と、沖田がぷーっと膨れた。
その会話で一同がどっと沸いた。
そして、歳三の事など無かったかの如くまた、賑やかな酒宴は再開された。

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