□Cross-Purpses (完結)
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局長室の前を通り過ぎるようとした時、僅かに開いた障子からボンヤリとしている部屋の主を見て思わず、
「どうかしたんですか?」
と、声を掛けてしまった。しかし、肝心の部屋の主からの返答がなく、これまた思わず反射的に障子を開けてしまった。
ぼーっとしていた部屋の主は、障子の開く音にも気づかず窓の外をボンヤリと見ていた。
「局長?」
と、近くまで寄って手を開きその人の前で振ってみた。
「おっ!」
手を振られた本人は突然目の前に広がった手の動きに驚き体のバランスを崩し後に倒れそうになったのを両手を畳に付いて防いだ。
「山崎君か・・・ビックリするじゃないか。どうした?」
「どうしたじゃ有りませんせんよ、どうしたんですかボーっとしちゃって」
余りに大げさなリアクションに驚きながら、
「偶然、通りかかったら障子が開いていたんで、申し訳ないと思いいつつ中を見たら局長がボーっとしてらしたので・・・」
「おお、そうか。悪かったな。別になんでもないから」
そうですか、と向きを変えて部屋を出て行こうとすると、
「そうだ、山崎君。君にちょっと尋ねたい事が有るんだが、ちょっと座ってくれ」
と、手招きされ局長の机から四・五歩程開けて座った。
しかし、尋ねたい事が有ると言いながらまた、溜息を付き再び窓の外に目をやったまま黙り込んでしまった近藤の横顔を見ながら、
『局長って、今まで面と向かってしみじみ見た事なかったけど・・・こう、思案してるって言うか、真剣に考え事してるのを見ると案外いい男だなぁ』
等と漠然と考えながら、これからこの人が聞こうとしている内容が皆目検討が付かず困惑していた。
大の男が二人、只黙って座っている。開け放たれた障子からは、屯所の道場から稽古をしている隊士達の声が五月の爽やかな風に乗ってこの部屋に届き、その声に混じって庭の小鳥のさえずりが聞こえる。
沈黙の時間は、俺にとって途方もなく長く感じられた。しかし、実際には二・三分位だったのかも知れない。
・・・実はな・・・
・・・あのぉ〜・・・
声を発したのはほぼ同時だった。
「なんでしょうか?」
と、俺は直ぐに問い直した。いまだ、聞くのをどうしようかと思案気味にし、ホッと一息はいて決心したように、外に向けていた顔を俺に向けてきた。
「お前サ、監察だろう。隊内の事は何でも知ってるよな」
と、いきなり俺の顔を覗き込むように俺の顔を見た。
「えっ、隊内の事・・・ですかぁ〜」
「ああ」
「そりゃぁ、一応監察ですからねぇ。知ってるちゃ、知ってますけどねぇ。」
「そっかぁ・・・トシの事なんだがなァ」
「へっ、副長? 副長がどうかしましたか?」
「昨日さ、トシが片想いの女が居るって言ってたから、その女の人の事お前なら知ってるかなぁってサ」
「はぁ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
副長に好きな女の人が居る、それは片想い?
あの人が片想いってのは知ってるけど、って言うかそれって隊内じゃ誰もが知ってる公然の秘密だし、話の展開が解からず俺は一生懸命頭の中を回転させて考えていた。
「夕べ一晩考えてみたんだがなぁ・・・どう考えてもトシの周りにゃ、思い当たる女性が居ないんだよナ」
「あのぉ〜、局長。副長がそう言ったんですか?」
「ああ、ずーっと片想いなんだとサ。その上、最近その女にゃ惚れた男が出来て相思相愛なんだそうだ」
ああっ、トシが可哀想だよ・・・とか言って、頭を抱える局長を前に俺は何と答えて良いのか戸惑っていた。
・・・鈍感! 本当にこの人は鈍感を通り越して馬鹿だ!・・・
そう思った。土方さんが好きな人って・・・と思わず声を出しそうになって、本当の事を言ってしまったら後であの“鬼の副長”に何されるか解からない・・・と、想像しただけで体が恐怖で強張る。
「わ、私には解かりませんヨ。いつも一緒にいる局長がご存知無いのに、私に解かる訳がないでしょう」
必死に平静を装って答えた。背中には冷や汗がながれた。
「そっかぁ〜、監察の山崎君にも解からないかぁ。やっぱりなぁ・・・」
と、じっと俺の顔を覗き込んでいた局長が又、窓の外へと目をやった。
「局長、急にどうしたんですかぁ」
ぼんやりと外を眺めていた局長が大きなハーッと盛大な溜息をつきながら
「ほら、今年のトシの誕生日いつもなら、真選組総出で祝ってやってただろう。でも、今年は例の攘夷派の爆破予告騒ぎで祝ってやれなかったからサ、何かトシの喜ぶ事してやりたいし、それにトシに惚れた女(ひと)が居るんだったら何とかしてやりたいと思っうのが上司で親友の俺の義務だとおもってヨ。トシにはずーっと苦労ばっかり掛けてるからナ、幸せになって貰いたいんだよ」
ハァーッと、局長よりも大きな溜息を心の中でついて、呆れるほど鈍いこの人の顔を見ながら
「局長、そんなに副長を喜ばせたいなら。どうですか、一日休みでも取って副長と映画でも見て来たら。その方が副長どんなに喜ぶか。そう言えば、この間歌舞伎町に見廻りに出た時副長が見たい映画が来てるって言ってましたヨ」
「そんなんで、トシが喜ぶんかぁ〜?」
納得いかないと言った風に俺に問いかけて来た局長に
「それが、一番だと思いますヨ。それに、俺は副長の想い人の心当りないですから」
「・・・・」
「局長、そんなに副長が気になるんだった。少し夜遊びは控えて少しでも副長の傍にいてくださいヨ。って言うか、少しは仕事に身を入れたらどうですか。そうすれば、副長も少しは楽になるんじゃないですか?」
「でもよぉ。夜遊びって言ったて、お妙さんの所で飲んで来るだけだぜ。それに、俺達一応恋人同士だしな。」
と、今までボーっとしてた顔がニヤニヤとにやけてだらしなく緩んでいった。
そんな、気食悪い局長の顔を見て
 ・・・副長、お気の毒に・・・

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