□Cross-Purpses (完結)
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「近藤さんか?」
不意に中から土方の声がした。
意を決した近藤は、一息深呼吸をして部屋に入った。
中には、書類の山の中から土方が燻らすタバコの煙が漂っていた。
「相変わらず、すっげぇ煙てぇ。いい加減にしねぇと肺ガンで早死にするぞ」
「そりゃねぇな、憎まれっ子世に何とかって言うからなっ」
と、タバコをくわえた口元を微かに上げた。
この男は自分は嫌われていると思っている。しかし、真選組の隊士達はこの男を“鬼”と揶揄するがそれは、仕事の上だけの事であって一端仕事から離れると本当は優しく、面倒見の良い男だと知っている。
しかし、今の土方は仕事の顔であって親友の“トシ”顔ではない。

 顔を近藤に向けるでも無く、只書類の文字を追って目だけが動いている。
そんな土方の横顔を見ながら
「なあ、トシ。お前さぁずーっと部屋に篭りきりでさぁ息抜きとかしてぇとか思わねぇの?」
「はぁ〜、何藪らから棒に言ってんだ」
「いやなぁ、俺なんか毎日毎日書類ばっか見てたら気がおかしくなっちまうぜ」
「仕方無いだろう、毎日毎日アンタが女の尻ばっか追っかけ回して仕事しないんだぜ、その分俺の仕事が増えてるんだ誰のせいだと思ってんだ!」
黙々と書類を片付けながら土方が苦笑する。
近藤は土方の指先を眺めなが
・・・同じ男なのに、トシの指は細くて綺麗だなぁ。それに顔だって男の俺が見たって惚れ惚れするような男前だもんなぁ。女達がほっておく訳ないよなぁ・・・
「トシ。お前さぁ好きな女とか居ねぇの?」
土方の手が一瞬止まった。
「そんなもん、居ねぇヨ」
「そっかぁ」
土方の答えを聞いて近藤は何となくホッとした。そんな自分に驚きながら
「でもよぉ、人を愛するって良い事だぜ。気持が優しくなるしな」
と、お妙の事を思い出しニヤニヤと顔を崩した。
「いるよ」
ボソッと一言、人事みたいに土方が言った。
「えっ」
「いるよ、愛してるヤツならいるサ」
「ええっ、だって好きな女は居ないって言ったんじゃぁ」
「ああ、好きな女は居ねぇ。でも愛してるヤツは居る。でもそりゃぁ俺の片想いサ」
えっ、何々なんでそんな事平然と言えるの・・・土方の相変わらずの無表情な顔を見ながら近藤は思った。
「片想い?」
「ああ」
「トシが片想い・・・、そりゃ無いだろう」
「ずーっと片想いだ」
と、顔も上げずに書類にペンを走らせながら淡々と話す。
「相手はトシの事知ってんのか?」
「・・・・」
「相手は誰だ、俺の知ってる女(ひと)か、俺で力になれる事はねぇのか?」
「そんな事どうでも良いだろうがぁ、用事が無いなら出て行ってくれ、仕事がはかいかねぇ」
「そんな事って、大事な事だろう? それに、俺はトシには幸せになって欲しいからナ」
敷居の上に腰を下ろし、開けた障子に寄りかかっていた近藤は、土方の机の横までにじり寄って土方の肩に手を置いた。
ビクッと土方の体が動いたが、それはホンの一瞬だった。相変わらず体は机に向け書類を処理している。
「いいんだ、俺はこのままで、だからアンタは余計な事しねぇでくれ。それに、ソイツには俺は恋愛の対象外だしな、その上今じゃ相思相愛の惚れた奴がいるからナ」
片想いのままで良いと言う土方の横顔を見ながら、自分だったらお妙に他の惚れた男がいたら絶対に耐えられない。
土方が、希望のない恋をしてるなん。それも、日常の生活の中でこんなにも近くにいて毎日土方を見ている近藤も気づかない程、切ない気持をおくびにも出さずに日々を過ごしている事を思ったら、土方が痛々しく見え何故か土方の片想いの相手に少しの怒りを覚えた。
そして、心の奥に土方を抱き締めたいと言う近藤自身にも理解しがたい衝動が沸き起こった。
「トシ・・・」
思わず、土方の肩に置いた手に力が篭ろうとしたその時
「良いんだよこのままの方が、只黙ってそいつの幸せを見守ってるだけで、俺は満足なんだからナ」
この話はこれでお終いだ。仕事が溜まってるからと土方の部屋から近藤は追い出されてしまった。
結局、土方は一度も書類から目を離さなかった。
自分の部屋に戻りながら、近藤は土方の部屋を出る時に聞いた言葉を思い出していた。
『俺が、アンタがあの女に振られて怪我させられる度に世話焼いて来たのはなぁ、片想いの辛さを身に染みて解かってるからだったんだ、アンタがあの女と付き合うって聞いたとき正直に良かったと思ったんだぜ』
幸せになってくれよなと、言った土方の後姿が心なしか寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか、
一つ大きな溜息をついて近藤が見上げる空は、雲一つ無い清々しい青空だった。

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