□Cross-Purpses (完結)
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なぜか、自分でも理由が解からないがイライラする。
以前は、無条件で話しかけて来た隊士達も俺の顔色を伺いながら、オズオズと話してくる。
このイライラの原因が全く解からない。
この一月近くこの状態だ。
運命の人お妙さんにやっと振り向いて貰った、それはそれで嬉しい。
毎晩、彼女の店に通ってるし、非番の日は買い物に付き合って、それは幸せな日々を過ごしている筈なのに、このイライラはいったい何なんだろう。

いつから、このイライラ・・・いや、苛立ちと言うよりも喪失感を、そんな感情をいつから抱き始めたか、夜一人で寝床に入って天井の桟を見ながら考える。
隣の部屋の主は、既にアパートに帰ってしまっている。
誰も居ない隣室、物音一つしない。
・・・“トシ”・・・
思わず、居るはずもない隣室の主の名前を呟く。
アイツが屯所から出て通いにしたいと言って来たのは、俺がお妙さんと付き合いだしてから半月程たってからだ。


いつもの様に俺は非番で朝からお妙さんの買い物に付き合って帰ってきて、これも又、いつもの様に屯所の玄関からアイツの部屋に直行してアイツに今日の事を報告した。
「いゃぁ〜、お妙さんって前は俺にあんなに過激な愛情表現しくれてたのに、付き合いだしたらすっげぇ〜優しいんだよなぁ〜」
「・・・・」
「それによぉ、俺って野菜系が苦手だろう。お昼に野菜炒めっちゅうのを注文したらサ、思いっきりピーマンの山なんだよなぁ〜、俺がピーマン食べられねぇって言ったらサ、お妙さんがピーマンだけ私が食べて上げる・・・・なーんちゃってさぁ〜」
「・・・・」
「トシぃ〜?」
「・・・・」
「・・・どーしたんだよ、さっきから俺ばっかり話してるけど・・・何怒ってんだ?」
「近藤さんよぉ、あの女と旨くいってるみてぇだなぁ」
「おっ、おおう」
と、嬉しそうに顔を綻ばせる。
タバコの煙を吐きながら、眉間にさらに深く皺を寄せてなにか思案するような目をしていた土方がぽつんと呟く。
「最近、ボロボロにされねぇしなぁ。傷一つ作って来ることも無くなったしなぁ。」
「そうだなぁ。今となっちゃぁあの頃のお妙さんの愛の表現も懐かしい思い出だなぁ」
「けっ、惚気てんじゃぁねぇよ!」
「うっ、わりぃ〜」
「そろそろ、俺が居なくても大丈夫だよなぁ。」
えっ、と土方の言っている意味が解からず一瞬顔を固まらせるが、
「とっ、トシが居なくてもって・・・・どういう意味?」
「だらかよぉ、俺が一々アンタの世話を焼く必要もなくなった事だし。俺、通いにすっかなぁと思ってよ」
「えっ? ・・・ どう言う事?」
ふぅっと、タバコの煙を遠くに飛ばすように吐き出したトシは
「大丈夫、仕事は今までとおり屯所でやる。見廻りもいつ通りやって、夜は近くに借りたアパートに帰るだけだ」
と、なんでも無いように淡々と話すトシの横顔を見た。
「トシ・・・何か在ったのか? 急にどうした」
「急じゃないさ、ずーっと考えてた事だ。俺も自分の時間が欲しくなった。それだけだ」
確かに、屯所にいれば朝昼晩の食事の心配はないが、どうしても時間にケジメがなくなる。
それでなくても、膨大な量の事務をこなす副長のトシは、寝る時間を割いて毎晩机に向かっている。そんなトシの毎日を見ていると、通いにすれば屯所に居ない時間は仕事から解放される。
「そうだな。トシには随分仕事で無理させてるからなぁ。通いにすれば少しは楽になるしな。うん、そうだな。そうすれば良い。でもな、トシ。借りる部屋は屯所に近い所にしておけよ。緊急事態にすぐに掛け付けらるようにな」
俺は、その時はなにも考えずトシが少しでも楽になるならと軽い気持で認めた。

次の日、いつものようにお妙さんの店で飲んで帰った。そして、一直線にアイツの部屋にいった。
今夜もお妙さんは優しかったなぁ〜と顔を緩ませながら、お妙さんの手を握ろうとして引掻かれた自分の右手を左手で擦りながら、アイツにどんな話を聞かそうかと考えると自然と足取りが軽くなり思わず鼻歌が出てくるようなそんな気分だった。
「トシ、もう寝ちまったのか」
浮き浮き気分でアイツの部屋の前に立った俺は、障子に手をやって声を掛けたが、中からは何の返事もなかった。
「もう寝ちまったのか」
しかし、むしょうにアイツの顔を見たかった俺は静かに音を立てないよう気を使いながら障子を開けた。
スーッと、中の空気が外に流れだす。
微かにタバコの香りがした。
部屋の中には人気を感じなかった。無人の部屋特有の冷え冷えとした空気しか感じられなかった。
「トシ?・・・トシ!」
思わず、部屋の電気を付けた。
明るく照らし出された部屋のには、部屋の主の姿が無かった。
普段この時間なら敷かれているはずの布団もない。
キチンと整頓された部屋、机の上には、今日アイツが一日中この部屋に篭って処理したのであろう書類が整然と積み上げられていた。
壁には、隊服が掛けられていた。
「風呂にでも行ってるのかな」
と、思いながら部屋をでた。
何かが違う・・・漠然とその部屋の中で違和感を覚えた。
それが、何なのか解からなかった。アイツが居なかった所為なのか・・・とも思った。
自室に戻る途中、風呂から出てきた総悟に出会って。
「おっ、総悟、風呂にトシ居なかったか?」
「あっ、近藤さん今お帰りですかぃ。土方さんならアパートに帰りましたぜぇ」
「えっ、何それ?」
「昨日近藤さんの許可もらったからって、前々から目ぇ付けていたアパート借りて取り合えず今夜からそっちに、行くって言ってやしたぜぇ」
「・・・・」
「あれぇ〜、近藤さん聞いてねぇんですかぃ」
と、怪訝な顔で総悟が俺の顔を覗きこんできた。
「あっ、そうだったよなぁ〜。忘れてた、アハハハ」
と、笑って誤魔化して足早にその場をはなれた。 後ろから
「あっ、近藤さん、土方さんが。明日は休み取るって言ってやしたぜぇ」
「ああ、解かった。解かった」
と、手を挙げて総悟に合図した。
そっかぁ、アイツの部屋で感じた違和感は、アイツが出て行ったからなんだ。
さっきまでの浮き浮きした気分とは反対に、なぜか重く沈んだ心が自分でも不可解だった。

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