草紙(長)

□天馬の嘶きは天に響く―伍―
2ページ/5ページ



「踰輝(ゆき)―――!」

光の刃に胸を貫かれた衝撃で惰性的に倒れていく踰輝を、その場にいた者達誰もがただ放心したように見ているしかなかった。
ふわりと、栗色の長い髪の毛が宙を舞う。
彼女の一番傍にいた彰子が彼女を支えようと手を伸ばそうとするが、己の中で暴れ狂う瘴気の所為で指先を微かに震わせるだけに止まった。

そのまま傾いで倒れゆく彼女の身体は、しかし地面へと沈み込ませる前に何者かがしっかりと支え込んだ。

はらりはらりと、赤銅色の羽が舞い散る中、彼女を抱きとめたのは彼女よりも幾分か年上の容姿をした少年であった。
さらりと、腰の辺りまで伸ばされた大地色の長い髪が風に煽られて踊った。

少年の姿を見て、翻羽(ほんう)と越影(えつえい)は驚愕に目を瞠り、嶺奇と鳴蛇は怪訝そうに目を細め、そして彰子は唐突に現れた少年を不思議そうに眺めた。
誰もが言葉を発することなく、しん・・・・と静寂が過ぎる。

周囲の音でさえなくなったかのような錯覚を覚える中、一番最初に口を開いたのは少年の同胞である翻羽であった。

「まさ、ひろ・・・・・・・昌浩、なのか?」

目の前に佇む少年―――昌浩を、翻羽は万感の思いで食い入るように見つめた。

昌浩。踰輝と同様にあの急襲の日より姿を見ていなかった、自分達にとっては近しい天馬。
踰輝の次にあの郷では若かった彼は、翻羽と越影にとっては血が繋がっていなくとも弟のような存在であった。
あの襲撃の日、彼は一人郷の外へと出ていた。いくら郷の外といってもそう郷から離れていない場所に湖は位置していたので、他の仲間達同様殺されてしまったものと思いその生存を諦めていた。

その彼がいま、自分達の目の前に生きて立っている。

天馬達はその事実に、瞳を輝かせて喜びを表した。
そんな彼らに、昌浩も嬉しさを臆面もなく表へと出して微笑んだ。

「久しぶり、翻羽、越影・・・・・・・・・」

長年追い続けた仲間達と漸く合流することができた昌浩は、内心で深い安堵の息を吐いた。
やっと、やっと追いつくことができた―――。
どれほどの時がかかろうとも、必ず追いつくと、過去に立てた誓いが漸く果たされた。

越影はよろめきながら立ち上がり、覚束ない足取りで昌浩達の傍へと歩み寄った。翻羽も、同様に彼らの傍へと傷をおして駆け寄った。
二人の許へと辿り着いた越影は、まず倒れた踰輝へと視線を向ける。倒れた踰輝は青褪めた顔をしていたが、その呼吸はしっかりと繰り返していた。
踰輝の無事を確認し終えた後、越影はゆるゆるとその視線を上へと移動させていく。
色褪せない過去の記憶の中にいる少年と、寸分も違わない少年の顔がそこにはあった。

越影は、震える指先をそっと昌浩の頬に這わせる。
生きているもの特有の、温もりがその指からもしっかりと伝わってきた。

「生きて・・・・・生きていたのだな、昌浩・・・・・・・・・」
「うん・・・・・。あの日、郷に帰ったら皆いなくなってて・・・・でも越影達が生きてることを知って、ずっと探してたんだ」
「そう、だったのか・・・・・・」

昌浩の言葉に、翻羽と越影は沈痛な面持ちで顔を伏せた。

この天馬は、自分達をずっと一人で探していたのだ。
そう、あの日からずっと、たった一人きりで・・・・・・・・。

「無事でよかった」

越影は踰輝を抱きかかえている昌浩ごと、その身体を抱きしめた。
二人分の温もりが、確かに今この腕の中にあった。
そんな彼らを、翻羽もすぐ傍で感慨深く眺めていた。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ