草紙(長)
□天馬の嘶きは天に響く―弐―
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黄昏の光の中、晴明達の前に降り立ったのは、人の姿をした異形のものが二人だった。
『はじめまして、外(と)つ国の方士と、堕ちた神よ』
異国の長衣をまとった男の姿をした異国の妖は、絡みつくような視線を向けて、優雅に一礼して見せた。
もう一人の異形のもの―――長衣を頭からすっぽり被ってその容貌を隠したものは、声を発することなく男の姿をした妖異の横に立っている。
男の侮蔑をはらんだ声音に、紅蓮の目がぎらりと光る。
射抜くような眼光を向ける紅蓮に、男は動じた風もなく微笑んだ。
『いかがですか、こちらの趣向は。存分にお楽しみいただけたのではないかと思うのですが』
犬の声―――ゴウエツの咆哮がそれに重なり合い、晴明達を圧倒するほどの妖力が満ち満ちていく。
男が現れた途端、蛮蛮たちの力はいや増した。
紅蓮の闘気が無数の炎蛇に転じる。
「こいつらを甦らせたのは、貴様か!」
以前、晴明と十二神将達が力を合わせて倒したはずの異邦の妖異たち。
それが最近になって甦り、陰陽寮の者達に襲い掛かってきた。
晴明の孫にあたる成親も、目の前にいる黒い牛の異形―――ゴウエツに深手を負わされたのだった。
『ご名答。と申しましても、私の力だけではありません。我が主の強大なお力があってこそ、なせる業』
歌うような口調で、男は続けた。
『ああ、申し遅れました。私の名は鳴蛇。はるか大陸の地から参った者』
鳴蛇の口上が終らぬうちに、紅蓮の炎蛇が襲い掛かる。鳴蛇はひらりと身をかわした。
代わりにその炎を受けたのはゴウエツだ。
苦痛に転げまわるゴウエツを一瞥し、鳴蛇は困った風情で微笑した。
『ああ、さすがは神の名をもつものの炎。なるほど、激しい。これでゴウエツは焼かれたというわけですね・・・・・・』
納得した様子で頷く鳴蛇に、紅蓮は立て続けに炎蛇を放つ。だが、悉く回避されてしまう。
苛立ちを隠さない紅蓮は、ふいに眉を寄せた。はっと視線を走らせる。
「くそっ、取り込まれた・・・・・!」
同じように現状の変化に気がついた晴明が、険しい視線で辺りを見渡す。
いつの間にか、異界に取り込まれている。そして、その異界を形作っているのは鳴蛇に他ならない。
窮奇と同じように、異界を作り出す力。鳴蛇は窮奇に匹敵するほどの妖力を持っているのかもしれない。