草紙(長)
□孤絶な桜の声を聴け―伍―
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二人が奮闘している間に昌浩は敏次の様子を窺う。
気を失っているのか、敏次は先ほどからぴくりとも動かない。
どこか打ち所が悪かったのでは・・・・・と心配になりつつも、物の怪と六合の間をすり抜けて襲ってくる何本かの根を術で防ぐ。
取り敢えず、起き出されなければこちらとしては守り易いし、動き易い。
今やるべきことは―――――
「どうやってこの暴走を鎮めるかだよねっ―――斬!!!」
猛然とこちらに突っ込んでくる木の根を霊力の刃で切り落とす。
が、切り落としたところから再び木の根が生えてくるので、あまり効果をなさない。
「一体どうすれば・・・・・・・・・・?」
良い策が浮かばず、取り敢えず降りかかってくる火の粉だけは払っていた昌浩達。
そんな遣り取りは禍々しい気が最高潮に達した時、桜の木が突然動きを止めたことによって終わりを迎える。
「え?」
「・・・・なんだ?」
「・・・・・・・・」
三人が呆然と眺める中、血染め桜の木は暴れまわるのを止め、急に静かになる。
それと共に周囲を色濃く漂っていた陰気が徐々に薄れていき、最後には正常な空気に戻った。
「どうして急に大人しくなったんだろ?」
「さぁな。ったく!一体なんだってんだ!!」
「わからないな・・・・・・」
今までのことがまるで夢だったかのように不思議なくらい”普通”に戻ったことに、三人はそれぞれ戸惑い顔になる。
不審さは拭えないが、取り敢えず一段落はついたのだと判断した昌浩達は、未だ気絶している敏次に視線を向けた。
「しっかしよく起きないなぁ・・・・・これだけ騒々しかったら目を覚ますと思うぞ?」
「余程打ち所が悪かったのだろう」
「はっ!自業自得だな!!」
白いふさふさのしっぽで敏次の頬をべしべしと叩きつつ、呆れたように物の怪は話す。
そんな物の怪に、六合は相槌を打ちつつ言葉を述べる。
しかし物の怪は「ざまぁみろ!」と馬鹿にしたような態度で鼻で笑い飛ばす。
そんな物の怪の様子に、昌浩は窘めるように口を開く。
「もっくん、そんなこと言わない!!・・・・・とにかく、起こしたほうがいいよね?」
「いいんじゃねぇの?そのまま放置しといても。なぁに、死にはしないって」
「全然良くないし!!?」
”―――――を・・・・・・・まで・・・・ま・・って・・・・・・・"
「・・・・・え?」
ふいに聞こえた微かな声に、昌浩は思わず桜の木を振り返った。
と、そこには淡い紅色の袿を纏った昌浩より幾分か年上の少女が佇んでいた。
昌浩と少女の視線が一瞬だけ重なる。
濃い茶色の髪の隙間から淡い緑色の瞳が覗いており、その瞳が物言いたげに揺れる。
昌浩が思わず瞬きをした次の瞬間には、その少女の姿は掻き消えていた。
見間違いか?と首を傾げつつ、もう一度瞬きをして少女がいたであろうその場所を凝視する。
しかし、少女はおろか人影などどこにも見当たらなかった。
そんな昌浩の不審な行動に、物の怪は怪訝そうに声を掛ける。
「どうかしたのか?昌浩」
「う・・・ん、女の子がいたような・・・・・・・・ううん、やっぱなんでもない!」
「・・・・・・そうか、なら別にいいが・・・・・・・・・」
言葉の前半は口の中でもごもごと呟き、しかし思い直したように言葉を返してくる昌浩に物の怪は取り敢えず納得しておく。
気になるようなことがあれば、昌浩の方から何かしら行ってくるだろう。
そう判断した物の怪はそれ以上の追及を打ち切った。
昌浩は頭を一つ振り意識を切り替えると、未だに眼を覚まさない敏次に歩み寄って起こしに掛かった。
あと少し・・・・・・・・あと少しで全てを終わらせることができる・・・・・・・・・・・。
暗い意識の中、切望したような声がか細く紡がれた―――――――。