草紙(長)
□孤絶な桜の声を聴け―肆―
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その頃、邸の中に入って例の桜の木の様子を探りに行った敏次達は、突如として襲い掛かってきた桜の木に右往左往していた。
「くそっ!いきなり襲い掛かってきたかっ!!!」
突然動きを見せた血染め桜に、敏次は軽く舌打ちをした。
特に害の無い様子に気を緩めていたらしい、一緒に来た者の中には軽くではあるが怪我を負ってしまった者もいるようだ。
暴れだした桜の木から、とても濃厚な陰気がじわじわと立ち上る。
今まで何故気づくことができなかったのか不思議なくらいの圧迫感に、無意識に喉が鳴る。
悲鳴や怒声の飛び交う中、敏次は努めて冷静であろうとする。
「っ、急いで桜の木から離れるんだ!」
いくら暴れまわるとはいえ、所詮は植物だ。
その攻撃してくる範囲は限られる。
故に敏次は皆に桜の木から距離を開けるよう、他の者達に指示を出す。
その場で足を竦めていた者達は、敏次の言葉を聞いて慌てて桜の木から離れる。
が、一人逃げ遅れた者がいたらしい。
耳を劈くような悲鳴が聞こえ、そちらへと眼を向けると木の根に絡みつかれて引き摺り込まれそうになっている者がいた。
「斬っ!!」
引き摺り込もうとしている木の根を、敏次の鋭くはなった霊力の刃が断ち切る。
「大丈夫かっ!!」
「あ、あぁ・・・・」
「この場からすぐに退くぞっ!・・・・・なっ、うわぁっ!!!!」
引き摺り込まれそうになった者を助け、自分も身を翻そうとした瞬間、霊力の刃で断ち切った木の根とは別の根が今度は敏次を捕らえる。
「敏次殿!!」
「―――っ、この・・・・・!」
今度は敏次が捕まりそうになり、あちこちから悲痛そうに敏次の名を呼ぶ声が上がる。
敏次は必死に術を使って、何とか逃れようとする。
が、次を凌げばまた次と全くきりがない。
敏次は意を決して、他の者に向かって叫んだ。
「私のことはいいから全員逃げろっ!!」
「なっ、そんなことできません!!」
「一人置いて逃げるなど・・・・・・」
敏次の言葉を聞いた他の者達は、皆口を揃えて異を唱える。
しかし敏次はそんな言葉には耳を貸さず、己の主張を頑として譲らない。
「構わないと言っている!誰かしらは陰陽寮にいるはずだから、応援を呼んできてくれ!!」
「!・・・・・わかった、すぐに呼んでくる!!」
「なんとか持ち堪えろよっ!」
敏次の言いたいことを理解した他の者達は、応援を呼ぶべく急いでその場から駆け去っていく。