草紙(長)

□孤絶な桜の声を聴け―弐―
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一方、日々雑用の仕事に追われている直丁・昌浩と物の怪はというと、陰陽寮の端にある書簡庫にいた。

水無月の初めとはいっても今日は若干気温が低い為ため、東側の妻戸から吹き込んでくる風は肌に心地よい。
日夜、陰陽寮の仕事と夜の夜警とで、この頃少し疲れ気味の昌浩にとっては「居眠りしたい」という誘惑がなくもない。ないのだが、そんなことを言っていては何かと細々しい、大量の直丁の仕事は務まらない。

先程までは各省庁に書類を配布するべく、愛用の硯で墨をしゃこしゃこと擦っていたのだ。
今はその書類がすべて書き終わり、書物の手配を頼まれていたので、その書物を探しに書簡庫である塗籠に来ていた。

「う〜ん。頼まれた書物、なかなか見つけられないなぁ。もっくん、そっちにはありそう?」

昌浩は棚と向かい合いながら後方にいる物の怪に問いかける。

「いーや、こっちにはなさそうだな。さすがにこの数だ、頼まれた書物を一つ見つけるのに結構苦労するなぁ………」
「うん、そうだね。頼まれた書物の五つの内、まだ三つしか見つかってないしね………」

物の怪の返答に相槌を打ちながら、肩越しに後ろを顧みる。

四本の足の内、二本を器用に使って直立している物の怪の姿が目に映った。さすがに四本足の状態では上の棚の方までは見えないのだろう。かといって二本足で立っている状態でもあまり変わりはない。
やはり上の棚の方は自分で探すしかない。

それにしても、こういう場合の物の怪は実に器用だ。一番上の棚は無理としても、見えない所は文机やら何かを使って書物を調べている。

さすがは物の怪のもっくん。小回りがきくっていいことだなぁ。
などと物の怪の働きぶりを見て感心する昌浩であった。

――――て、感心してないで早く書物を探さなくっちゃ。

そう思い直して昌浩は再び棚の方に目を向ける。

「あ、あった!」

昌浩はたまたま目を向けた先に目当ての物を見つけた。

「おっ、こっちにもあったぞ。ほら」

物の怪も最後の一冊を見つけたらしく、器用に書物を抱えながら二本足で歩いてやってくる。

「ありがとう、もっくん。よしっ!これで全部そろった」

物の怪に礼を言いながら書物を受け取った昌浩は、すべての書物を抱えて立ち上がった。

「それじゃあ、戻ろうか」



 
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