草紙(長)

□曼珠沙華はうち時雨に濡れる―伍―
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「恩人だなんて大袈裟だよ・・・・ただ、元気になって欲しくて俺は場所を移し変えたんだし・・・・・」
「事実です。そしてあれから8年。私は貴方に一言お礼が言いたいと思い続けてきました。しかし、一介の花である私に貴方に会いに行く足も、礼を述べる口さえなかった・・・・・・」

そこで彼女はそっと眼を伏せる。

遠い昔の光景を追い、静かに自分を見つめ直しているような空気を醸し出している。

「半ばこのまま霞みのように消え行くと思っていたのですが、神様はどうやら私に最後の慈悲をお与えになってくださったようで、私は今こうして貴方と会い、話すことができるようになった」

そうして彼女は昌浩へ歩み寄る。
風が吹くごとに鮮やかな紅い髪が翻る。

「この間の夜、最後って言ってたけど・・・・・それは?」
「根の方をやられてしまって・・・・・もうこれ以上生き続けることは無理なんです」

球根から毎年花を咲かせる彼岸花だが、肝心の根をやられてしまえば流石に生き永らえることはできない。

「そんな・・・・・・・・」
「そう悲しそうな顔をなさらないでください。私は十分長く生きることができました。何も悔いは無い」
「う、ん・・・・・・・・え?」

少し俯く昌浩の前までやってきた女の人は、ふわりと優しく抱きしめた。

「え?え?」
「少しだけ・・・・・・・少しの間だけこうしているのを許してください」
「・・・・・・・・・・;;」

突然抱きしめられて困惑する昌浩に、女の人はそう告げた。

(彰子にばれたら拗ねられるぞ;;)

二人の抱擁シーン(傍から見ればそう見えて仕方ない)を傍観していた物の怪は、そんな感想を内心漏らした。
物の怪がそんなことを考えているなどとは露ほどにも知らない昌浩は、恐慌の最頂点にいた。


 
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