草紙(長)

□曼珠沙華はうち時雨に濡れる―参―
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安倍邸の一室、稀代の大陰陽師と言われている老人とその後継と称されている幼子が対峙していた。

「―――・・・・・昌浩や」
「・・・・・・・・・・・」

大好きなじい様の呼びかけにも幼子―――晴明の末孫である昌浩は、そっぽを向いたまま反応を返さない。

陰陽師としての仕事の依頼がなく、特に邸から出る用事がない時は、晴明はこの末っ子の孫に時間の許す限り陰陽術に関するあらゆる知識や術について自分の持ちうる限りのものすべてを教えていた。

今日も今日とて溺愛する末孫に術の基礎知識について指導しようと自室に呼んだのだが、ずっとそっぽを向いて聞く気が全くないという態度を示すだけで、口さえも一言も聞いてもらえないという有様というのが今現在。

「昌浩、じい様は昌浩に嫌われるようなことを何かしたかのぅ?」
「・・・・・・・・・・・」

その言葉に昌浩は一瞬ちらりと一瞥を寄越したが、またふいっと顔を明後日の方へ向けてしまう。
       「・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・」

しばらくの間、沈黙だけがその場の空気を占める。

「――――はぁ・・・・・・・」

沈黙を先に破ったのは晴明の溜息。
昌浩はそれにピクッと眉をかすかに動かして反応を示す。



―――――くるっ!!!



昌浩はその瞬間に思った。


「ううっ。昌浩や、いくら不機嫌だからといって、じい様が手取り足取り、懇切丁寧に陰陽術について教えておるというのに・・・・・無視するというのはあんまりじゃないのかの?じい様は昌浩のことを想って良かれとやっておるのに、肝心の本人が意欲なし!向上心なし!では覚えられるものも覚えられないではないか・・・・・・・・あぁ、じい様は悲しい、遣る瀬無いぞ!ついこの間までの素直でかわいい昌浩は何処へ行ってしまったのかのぅ・・・・・・ううっ・・・・」

と、晴明はそこまで話すと衣の袂で涙を拭う仕草までする。
それまで晴明に対して無視の反応を決め込んでいた昌浩にようやく変化が起きる。

これまであることが理由で晴明に対して冷たい反応を返していたのだが、何分真っ直ぐな気性の昌浩君はおちょくられることにカチンときてしまう。

このことが昌浩の怒りに相乗効果をもたらし、ついにプツンと頭のどこがで盛大に何かが切れたのを感じた。



 
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