草紙(長)
□曼珠沙華はうち時雨に濡れる―弐―
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「まぁまぁ、落ち着けって」
「う―――っ」
昌浩は仕舞いには頭を抱える始末。
「昌浩殿」
とふいに声をかけられた。
声のした方に目をやると、陰陽生の藤原敏次が少し離れている所からこちらに胡乱気な視線を送っている。
「昌浩殿、先ほどから何をぶつぶつ言っているのかね?」
「!と、敏次殿!?―――いえ、
その・・・・・こう雨が降っていて湿気がいつもより多いと、なんだか気分が沈みがちになってしまうなぁと思いまして・・・・・・・」
「ほぅ・・・」
我ながらに苦しい言い訳だなと思いつつ、嫌な冷や汗をかいている昌浩を敏次は呆れたように眺めていたが、はぁ・・・と軽く息を零した後、
「まぁ、雨が降っていて気分が沈みがちになる気持ちはわからなくもないが、独り言は周りに聞こえない程度の大きさで言ったほうがいいぞ」
そんな敏次を斜に構えて眺めていた物の怪は不機嫌さを隠そうともせずに睨みつけている。
そんな様子にいっそ天敵と評した方がいいのではないだろうか。と昌浩は頭の片隅で考えながらも、
「はい、申し訳ありません。以後気をつけます」
と殊勝な態度で謝っている。
「そうしてくれ」
軽く肩をすくめてそう一言言って敏次はその場を去っていった。
敏次がその場から完全に立ち去るのを見届けてから昌浩は肩の力を抜いた。
「ふぅ。危ない危ない」
「ちゃんと周りの状況を見て物事を行うんだな、晴明の孫や」
「孫言うなっ!物の怪のもっくんの分際でえらそうに言うな」
「もっくん言うなっ!大体お前は今日はやたらと注意力散漫だぞ?いつまでもそんな様子だと、晴明からの式の一つや二つ飛んでくるぞ?」
「げっ!?それは勘弁してほしいな・・・・・」
物の怪の言葉に、昌浩は苦虫を十匹程噛んだような顔になる。
「だったら唸ってばっかいないで仕事しろ、仕事を」
「そんなことわかってるよ・・・・・・ただどうしても気になるんだよねぇ」
「あ〜の〜なぁ〜!8年前のことなんだぞ?覚えてろっていう方が無理な話だぞ」
「う〜ん・・・でもさ」
「いい加減に仕事しろ」
「うん・・・・・・」
「・・・・人の話を聞いてるのか?」
「うん・・・・・・」
「お〜い、昌浩くーん?」
「うん」
「・・・・晴明の孫」
「うん」
「・・・・・はぁ、だめだこりゃ」
禁句であるはずの「晴明の孫」にさえ反応しない程に昌浩は物思いに耽ってしまったようだ。
もはや話かけるのを諦めて、物の怪は精神を遥か彼方に飛ばしてしまっている昌浩の傍に丸まって眠りの体制に入る。
今日はいつになったら帰れるのかと埒が明かないことを頭の片隅で考えながら、物の怪は静かに目を閉じた。