草紙(長)
□曼珠沙華はうち時雨に濡れる―壱―
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「え?」
「なに?」
女の言葉に昌浩と物の怪は疑問の声を上げる。
昌浩は驚きの眼差しで目の前にいる女の人を見る。
「昌浩、お前あいつにあったことがあるのか?」
「えっ?・・・・会ったこと――――」
会ったことあったっけか?
物の怪の疑問はそのまま昌浩の疑問でもあった。
最近に遭遇した相手ではなさそうだ。こんな妖に似て非なる気配をしている相手ならば、かなりの印象の強さで記憶に残っているはずだ。
そんな昌浩の困惑が伝わったのか、相手は微笑を少しだけ苦笑に変えてこう付け加えた。
「まぁ、覚えていなくて当然だと思います。私と会ったのは8年前ですからね・・・」
「8年前!?」
8年前といったら昌浩はまだ5歳の頃である。そんな小さい頃の記憶など今となってはほとんどないに等しいではないか。
しかし、昌浩は必死で記憶の糸を手繰ってみる。みるのだが、やはり覚えていないのか、思い出せない。
ひとしきり唸って悩んだ末に出た結果。全く綺麗さっぱり忘れてしまっていことがわかった。
「・・・・・ごめん、さすがに8年前のことは思い出せないみたい」
「そうですか・・・・」
昌浩の返事を聞いて女の人は少し残念そうに言った。
「えっと、その、思い出せなくて本当にごめん」
本当にすまなそうに謝る昌浩を見つめながら、女の人はゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、気になさらないで下さい。今年でお会いできる機会が最後でしたので・・・・・・、どうしてもお渡ししたい物がありましたので」
「俺に渡したいもの?」
首をやや傾けながら昌浩は女の人に近づく。この時、すでに警戒は解いていた。
「はい・・・・・これを」
そう言って取り出したのは小さな数珠だった。
「―――これっ!?」
その数珠を見て昌浩は目を見開く。
「見覚えのあるものか?」
昌浩が驚く様子を見て、物の怪は問いかける。
「うん、昔じい様に貰ったやつ。いつの間にか無くしちゃって諦めたんだけど・・・・・・」
「これを落としていかれたので、ずっとお渡ししたいと思っていました」
そう言って昌浩に数珠を差し出す。
「わざわざありがとう」
差し出された数珠を受け取り、お礼を言う昌浩をうれしそうに見る女の人。
物の怪は二人のやりとりを静観している。
「いいえ、最後に一目あなたに会いたかったので、ほんのついでです」
常に微笑みを浮かべたやさしげな顔で話す。
「最後ってどういうこと?」
怪訝そうな表情で昌浩は問いかける。しかし、女の人は少し哀しさを含んだ微笑みを浮かべるだけでなにも言わない。
その様子を物の怪はただ黙って見ている。
「それでは用も済みましたし、私はこれで・・・・」
「あっ、ちょっと待っ・・!」
昌浩は慌てて呼び止めようとするが、女の人は淡雪が溶けるような儚い笑みを残して姿を消した。
そしてその場にはただずむ昌浩と物の怪だけが残ったのだった。