草紙(長)

□孤絶な桜の声を聴け―弐―
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「うぅむ、どうしたものか…………」

陰陽寮の一角で苦悶混じりの声が上がった。声の主は一人の陰陽生、藤原敏次であった。

なにやら先程から思案に明け暮れている様子である。

「まさか、こんなにも出られなくなった者がいるとは……これでは少し、夜警をする人数が足りないな」

眉を少しひそめながら口の中でぶつぶつと呟いている。
夜警を共にするはずであった者達の中で、何人か出ることができなくなってしまったのだ。

「う〜ん、誰か他に出られそうな者はいないだろうか………」

自分の知り合いの者達は皆それぞれの仕事で多忙、とのことなので夜警に誘うわけにはいかない。かといって他の省庁の人を誘うわけにもいかず、困り果てている次第なのである。

「あと、せめて二・三人は必要なのだが………」

とそこである一人の人物の顔が脳裏に浮かび上がる。大陰陽師、安倍晴明の孫にして天文博士である安倍吉昌の息子―直丁、安倍昌浩。

病弱なきらいがあったのか、最初の頃は休みがちであった昌浩だが、最近ではほとんどなくなり、真面目に仕事をこなしている。
つい最近、出雲の旅路から帰ってきたばかりなので、滞っていた仕事を今は懸命にこなしている。

そうだ、あの直丁でも誘ってみるか。

ふと思いついたことだが、我ながらいい考えだと思う。
直丁の仕事は書物整理や暦の書写の仕事など様々な雑用である。きっと雑用以外の仕事はしていないだろうし、これから先いずれの内にはすることなので、今回参加しても問題はないだろう。
さすがに妖退治の戦力にはならないだろうが見鬼の才はそこそこあるようだし、彼はまがりなりにも安倍家の者であるからにして、自分の身は自分で守れるはずだ――と思いたい。
その前にそんな妖と遭遇しないことに越したことはないのだが………。

そういえば以前巨大な野槌に襲われた際、あの直丁は目を見開いたまま動けないでいたような……まぁ、そうなった場合自分がなんとかしなければならないだろう。

「では、今夜空いているかどうか聞きに行くとしようか」

そう一言呟いて、敏次は立ち上がった。廂を抜けて簀子へと出る。

今は書物整理をしているか、暦の書写をする為に墨を擦っているであろう直丁を探しに敏次は歩き出した。



 
 
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