草紙(長)

□曼珠沙華はうち時雨に濡れる―壱―
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「――――ふえっくしゅん!!」


真夜中の静かな大路に盛大なくしゃみが響き渡る。
ずずっ、と鼻をすすりながら晴明の孫こと安倍昌浩は夜警をしていた。
時季は葉月の半ばも過ぎようかという頃。秋もだんだん深まり、肌寒くなってきている。
夜中ともなればかなり冷え込むので、物の怪を温石代わりに首に巻いている。
温石代わりに首に巻かれている物の怪は夕焼け色の眼を眇めて抗議の声をあげているが、昌浩はそれを黙殺している。
そんなやりとりはいつものことで、大体見回りを終えた昌浩と物の怪は、安倍邸への帰路についていた。

「だんだん冷え込んできたなー。風邪なんかひいたりするなよ?晴名の孫」
「孫言うなっ!・・・・・・まぁ、大丈夫だとは思うよ?もっくんを首にまいてるしさ」
「そこだよなぁ、そこ。俺がこの姿をとってるのは、そういう意図とは違うって何度も言っているのに聞かないしな・・・・・・・」
「それはそれ!それとも何か?俺が風邪をひいても、もっくんはいいって言うの?」
「お前な・・・・・・・・・・・」

不毛な言い合いは何のその。毎日よくもまぁ飽きもせずにやるものだな、というのが周りの感想である。
そんなやりとりの最中、ふいに風向きが変わった。

「―――なんだ?」

かすかな違和感を感じて、昌浩は周囲を見回した。と、目を向けた先、約三丈程葉離れた所に女の人の姿を見つけた。

暗視術を行使しているおかげで、その女の人の身なりが見て取れた。

長い明るめの紅い髪をつむじの辺りで結い上げてあり、それが風にあそばれていて闇夜に鮮やかに翻っている。
そんな女の人がこちらに向かって歩を進めてくる。

「――――・・・・・・・・」

昌浩と物の怪は軽く身構えて、その女の人を見据える。
姿こそ、そこらへんにいる様な普通の女性だが、醸し出す空気が徒人のそれとは異なっていた。

「妖気?―――いや、なんか妖気とは違う感じが・・・・・」

相手の気配を探っていた昌浩が、かすかに眉を寄せながら呟く。
そうしているうちに、紅い髪の女の人がすぐ近くまでやってきた。一丈程の距離にまできた所で、女の人は歩みを止めた。

翡翠色の瞳が真っ直ぐと昌浩を見つめてくる。
その真っ直ぐな眼差しを正面から受けながら、昌浩は未だに相手の気配を窺っている。

悪い感じはしない―――と思う。たが、目の前にいる女の人は明らかに人外の存在であることはは確かである。
警戒を緩めない昌浩と物の怪の様子も気にせずに、その女の人は昌浩だけをじっと見つめている。
―――と、昌浩を見つめていた女の人は急に目許を和ませて微笑んだ。




「やっと会えた・・・・・・お久しぶりです。昌浩」





 
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