ゆめみぐさ
□被食者の爪先
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寒い寒い寒い、何で新年の幕開けは冬なんだろう暖かい春先とかの方が遥かに気分が出ると思う、こんな寒いから最近御節を作るようなお母さんが日本から失われつつあるんだよきっと。春は色々と始まる季節な訳で、動物は未だしんだように眠っている此の時期が一年の始まりです、なんて滑稽じゃないか、・・・寒いし。あー寒いほんと寒い、寒い、よ。
「・・・初詣とかまじばっかじゃないの、」
元旦、神社付近の歩道はひとでごった返していた、寒い中御苦労にも初詣の皆様。皆しっかりマフラー巻いてコート着込んで、(ポケットにはきっとカイロまで入っているに違いない、)防寒対策は万全の模様で。
手袋を机の上に置いてきて仕舞った自分が憎らしい、冷え切って薄らと赤みが増した指先は寒いを通り越して何だか痛いような気さえする。
周りは欝陶しいくらいの人混みなのに、何故だか纏わり付く体温は私を余計に空しくさせた。
「なぁ、お前さ」
そもそも新年早々二年以上付き合ってた彼女をフるような男を好きになった自分がわからない、やつの所為で私はこんな雑踏の中でひとり凍えそうな思いをしているのだ、貴方の浮気くらい薄々感づいていたよでも元旦くらい最後まで一緒に居てくれたって罰は当たらなかったんじゃないの、ねぇ。
「おいお前聞いてんの?」
さっきまで居たあいつの顔が浮かんで思わず堪えていた気持ちが目から零れた、冷たい空気に直ぐに熱を奪われては頬を伝う其れをごまかすために俯いて爪を噛んで。――数日前に丁寧に手入れを施しレーキのマニキュアを塗った親指の爪先は既にぼろぼろになっている。
「お前だよ、お前。其処の不幸そうな顔してるやつ」
「、え」
先程から何処かでしていた問い掛けの声、悲しいかな「不幸」という言葉に反応して顔を上げれば、金髪の男の子と目があった。否、男の子の目元は長く伸ばされている金髪に遮られて見ることは出来なかったのだが、確かに私の視線は彼の其れに絡めとられたのを感じたのだ。
「わ、私・・・?」
「お前以外に新年から不幸面してる奴なんていねーよ
あと一回でも王子無視したら殺してやろうかと思ったんだけど」
「(こっ殺・・・?!)」
だって透き通るような肌も端正な顔出ちも、染めた類とは明らかに異なる彩色の金髪も、如何考えても日本人ではない。にも拘わらず薄い唇から紡がれた言葉は流暢な日本語、其の上こんな所で見知らぬ外人さんに話し掛けられよう等と、私が想像していた筈もない。
此の人混みの中では当然自分以外に向けられた言葉と思ったのだが。
「わ、私に何か・・・?道を聞きたいとか、」
「冗談。お前みたいな間の抜けてそーな女に道なんて聞いたって何のメリットもねーじゃん」
「・・・じゃあ何ですか」
お願いだからただでさえ傷ついている私の心に塩を塗り込むような真似だけは止めて欲しい、出来ることなら早く用事を済ませて帰して欲しいのだ、御免だものこんな他人ばかりが溢れ返る寒いところにひとりでいるのは、もう。
しかし其のひとは飄々とした態度を崩すことなく、私の質問を無視して言葉を続けた。
「なぁ、爪噛む奴って欲求不満なんだってさ、知ってた?」
「、」
嗚呼、知ってる、聞いたことがある筈だ私は確かに何処かで其の台詞を。記憶を辿れば頭に浮かんだのはついさっきまで私の恋人だった男の顔で。
何とか涙は堪えたけれど、唇を強く噛み締めた私の顔がかなしみで歪んで仕舞ったことは隠しようがないんだろう。
「で、お前は何が不満なわけ」
「・・・別、に、不満なわけじゃ、」
「ふーん。
まぁいいや、取り敢えず此処寒いんだけど」
「貴方が話し掛けてきたから立ち話になってるんじゃないですか・・・」
「うしし、お前王子に対していい度胸だね
さっきまで泣きべそかいてた癖に」
「・・・」
どうせ男にでもフラれたんだろ、お前見る目ないねなんならそいつオレが殺してやってもいーよ
饒舌に言ってのけると男の子は私の手を握って勝手に歩き出した。(ちょっ力強すぎで痛い痛い!ていうか何処に行くつもり、)ずんずんと私を引っ張り乍ら人波の流れに逆らって歩いていく、何人か迷惑そうにこっちを見たけど彼はまるで無頓着。何だかもう失恋どころじゃなくなってきたような、うわ、ちょっほんと痛いってば!
「あ、甘酒売ってんじゃん、飲もーぜ」
「わ、わかったからもっとゆっくり・・・!さっきからひとにぶつかってはっかりだよ!ねぇ、」
「傷つく前にオレに堕ちちゃえば?」
「、え?」
「欲求不満なんて思う隙すら奪ってやるよ」