ゆめみぐさ

□聞こえる呼吸は錯覚等では、
1ページ/1ページ






血に狂った切り裂き王子の子を孕んだならば、其の子は果たして人間なのだろうか。例えば仮に、見目は人間の其れとそっくりだとして、だがしかし生まれ乍らにして血に飢えては無邪気に残虐で無いと如何して云えよう。下手したら生まれた瞬間から傍にあるメスで私に切り掛かって来るかも知れない、なんて云い乍ら其の様を想像したら何だか滑稽で思わず笑うとベルフェゴールに顔を容赦無く殴られた。(痛い)


「・・・ちょっと、寝込んでる女の子の顔にぐーぱんちは無いんじゃないの、百歩譲っても平手でしょ普通は」

「うるせーなお前もう病人じゃねーよ、真剣な顔して聞いてくれっつーから何かと思えばオレを化け物扱いかよ」

「だって血は争えないものでしょうベルフェゴール」

「まぁ王族の血は確かに濃いけどさ、然う云う問題でもないだろ
つかオレの子に生まれてこられるとか普通身に余る光栄じゃね?」

「・・・、」

「・・・何不満そうな顔してんだよ」

「ああ、いや、何か違うなぁって思っ、て」


うん、然う、私がベルフェゴールと話し合いたかったのはきっと然う云うことじゃない。怖いんだよ、怖いの。何がだろう、今し方の想像だろうか、目の前の彼だろうか。・・・否。じゃあ何なんだよ、と不満げに口をつぐむ彼を――ああ、私は愛している、此れこそが最も畏れるべき明白すぎる事実なのだろう。
若さとは時に、愛とは常に、酷く不安定で危なっかしい。ぶつかってぶつかって、其れはもう全力で、拙い言葉のもどかしさに足掻き乍らがむしゃらに求めて、時に向こう見ずで傲慢なのだ。


「・・・で、お前は結局何が云いたいわけ?何時の間にか愛の定義について語り出しちゃってんじゃん」

「うん、つまりね、セックスには快楽じゃなくて痛みとか苦痛を伴うべきだと思うの」

「は、」



だからね、愛は傲慢なんだよ、いや、人間其のものが傲慢なのかな。子作りなんて後付けに過ぎない、要は抱きたい抱かれたい、もっと質が悪いのなんて快楽欲しさにセックスして、則ち其れが生殖行為だなんて余りにおぞましい。ならば痛みを伴うのなら、生殖行為が、純粋に愛するふたりがふたりの子供を欲して施行する行為であるのだとしたら或は。


「・・・お前が云う意味は判ったよ、でも何が云いたいわけ?オレとのセックスに不満でもあんなら、」

「ちがう、・・・違うの!
そうじゃ、なくて、・・・」



ベルフェゴールを愛している、私は彼と睦み合うことにだって何ら不満は無い、寧ろ怖いくらい当たり前に望んだ事だった。彼だってそうだろう。ねぇ、ねぇベルフェゴール。若し君の血を受け継ぐ子供が血に飢えた残虐な子であったならば?否、然うじゃなくても、ただただ私とのまったくもって非生産的だと思い込んでいたセックスの末に生まれた子だとしたら、ねぇ貴方は。

言葉は声にならなかった、ひゅう、と代わりに小さな鳴咽とも取れる息が口から漏れて、確かに其れは奮えて居た。ベルフェゴールの顔が見られない、沈黙する。相手も沈黙する。嗚呼如何しよう、怒らせて仕舞っただろうか、呆れただろうか、・・・面倒臭いと、思われただろうか。


「・・・取り敢えず落ち着けって、大丈夫だから」

「、な、にが、・・・」



一体なにが大丈夫だと云うの、私、私ですら何が云いたいのか、何を如何したいのか、貴方に何を聞きたいのか判らないと云うのに。

不意に柔らかな人肌の温もりが、下腹部から伝わってきた。ベルフェゴールの白い手のひらが私のお腹をゆっくりと撫でて居る。



「心配しなくても、愛してやるよ
オレとお前の子なら」



ベルフェゴールは其のまま顔をお腹に擦り寄せる、オレ達の子かぁ、なんて綻ぶような声で云うから思わず涙が溢れた。此の小さな部屋は、きっと二人だけの世界じゃなくなるね、だけど後悔なんてしてないよ。何時から気付いてたの、と問えば、王子にわかんないこととか無いから、と軽く去なすように笑われた。
そして私達は口をつぐみ、柔らかな胎動に耳を傾け目を閉じる。窓から差し込む光がくるくると渦を巻く白い部屋に、確かに三人分の鼓動が響いて居た。






(慈愛の呼吸が生まれた日。)




.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ