洋風菓子たち
□カキのタネ
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月の綺麗な夜。
開け放した窓枠に腰掛けてぽかりと浮かぶ黄色い月を見ながら、黒鋼はいつものように一人静かに酒を飲んでいた。
耳鳴りでもしそうなほど静かで澄んだ空気。月と、まるで遠慮でもするかのごとく月から離れて小さく輝く星たち。そして、月明かりに照らされた精悍な横顔。
絵に描いたような光景であるにも関わらず、彼の足元に転がる数十本もの空の酒ビンがその趣を破壊してしまっている。
それが彼らしいといえば、そうなのだが。
トン、トン
隣の部屋で眠る子どもたちへの配慮から、やや控えめにドアを叩く音が静かな部屋に響く。
『……勝手に入れ。』
視線すら動かさずに黒鋼はそう応えた。
ドアの軋む音を小さく響かせながら部屋へと入って来たのはファイだった。
その手には自分のグラスとなにやら小さな袋を持っている。
『遅くなっちゃってごめんね〜。黒様一人で寂しくなかった〜?』
妙にまのびした彼独特の口調で、酒ビンを避けて通りながら黒鋼の元へと歩みよる。
『妙な呼び方はやめろってんだろ。…別に寂しくなんざねぇ。』
一度はファイの方を見たものの、黒鋼はすぐにまた夜空の月へと視線を戻してしまった。それが彼なりの照れ隠しだと知っているファイは小さくクスリと笑みを零す。
『黒様ってば、照れ屋さん〜。』
黒鋼と向かい合う形で窓枠に腰掛けたファイはにこやかに微笑みながら黒鋼の頬をつつく。それが勘にさわるのか紅色が鋭く光ってファイを睨むもそんなことはお構い無しと言わんばかりにファイは微笑み続けている。
睨みつけた黒鋼は舌打ちを一つ打ち、
『……で、つまみって何持ってきたんだよ。まさか甘ぇモンじゃねぇだろうな?』
そう言いながら行き場を失くした視線をファイの手元へと落とす。
『ん〜甘いもの欲しかったんだけどねえ〜。これしかなかったんだよ〜。何か作ろうかと思ったけど、小狼君達起きちゃうかもしれないからねぇ〜。』
そう言いながらファイが持ち上げた袋にはカキのタネの文字。ファイは『黒様、これ好きでしょ?』と笑うが、黒鋼は眉間に微かな皺を寄せる。
『んだ、それ?』
この答えにはファイも驚いたらしく、少し目を見開いた。
『えぇ〜?!黒様、カキのタネ知らないの?』
この驚きようには黒鋼も癪に触ったらしく、更に眉間の皺が深くなる。
『食ったことなくたって別にいいだろ?そんなに美味いならとっとと食わせろ。』
そう言うが早いが黒鋼は、ファイの手から袋をひったくり止める間もなく全てを自らの口の中に流し込んでしまった。
『あ〜あ。おつまみそれしかなかったのに〜黒ぷ〜短気だよぉ』
少し拗ねたように言うファイに対して、暫くボリボリと音をたてて咀嚼していた黒鋼が突然悪戯を思いついた子どものように笑ったかと思うと、
『そんなに食いたきゃ、食わせてやるよ』
そう言ってファイの顎を軽く上げ、その口に覆いかぶさるかのようにして口付けた。
『ちょっ……ん〜ん〜』
舌を使って強引にファイの口内へとカキのタネを送り込む黒鋼。ファイも始めこそ抵抗したものの、やがて観念したかのように黒鋼に合わせ舌を動かす。
『ん〜……ボリッガリッはぁ〜……黒様、いきなりひどいよ〜』
唇が離れるとすぐに口元を手で隠し、頬を薄く染めてはにかんだように笑いながらファイは口をとがらせた。
『てめぇが食いたいっつたんだろうが。まあ、確かに悪くはねぇな。』
悪びれた様子もなくさらりと言い放つと一気に酒を飲む。
そして一言、
『だが、俺にはこっちのほうがいい。』
そう言って黒鋼は再びファイにキスを贈る。
二人の甘い夜はまだこれから。