和風菓子たち
□信号待ちの頃
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ふっと襲ってきた眠気を覚ますかのように土方は小さく頭を振る。ちょうど目の前の信号が赤に変わったのをきっかけに、ハンドルにもたれかかり頭を垂れる。
火を点けて啣えたままの煙草から微かに灰が零れシートに落ちた。
徹夜明けの巡回は、2日前に食い逃げ犯を捕まえようとして公用車を潰した沖田が当面、運転を禁止されたため、車で行うこととなった。
普段は沖田が私用にすら乗り回しているため、土方はめったに車を使えず徒歩で巡回を行い、その後屯所にて山崎を1発殴るというのが日課になっている。
六花舞う季節ですら煙草の温かさを頼りに歩いて巡回するというのに、爽やかに擦り抜けていく風と暖かい陽射しが地上を包み眠気を誘う昼下がりに車が使えるとはなんという皮肉だろうか。
おかげでこっちは睡魔との戦いを強いられ、なけなしの集中力が運転によって削られていくのがわかる。
それもこれも全て、今頃は屯所の屋根で気楽なひるねを満喫しているであろう青年のせいだと思うと、土方は自然と眉間に皺を寄せて小さく舌打ちした。
来月こそ近藤に掛け合って減給させてやろうと考えたが、あのお人好しは了承しないだろうと思い、今度はため息がもれた。
改めて疲れを感じた土方は今更ながらに真選組の行く末に不安を覚えた。もっとも、彼の胸には後悔なんて欠片もないのだが…。
顔を上げてハンドルに顎を乗せ、目の前を横切って歩く人たちを見つめる。
その中で、老人にしては背の高い白髪の翁が目にとまった。土方の脳裏にやる気のない紅い目の銀髪男が浮かびあがる。
『…そういや最近、逢ってねぇな…』
最後に逢ったのはいつだったか……そんなことを思いかえしていると、何故だか無性に逢いたくなった。
今の今までずっと頭の中は真選組の事で一杯だったのに、あの男に似た髪色を見ただけでもう思考は彼に奪われる。
自分の中心が彼に染められているようで、土方は自嘲ぎみにわらってしまった。
眠気覚ましにコーヒーでも飲もう。あいつを誘ってファミレスでも行くか。いきなり訪ねたらあいつはきっと驚いて、連絡しなかったことを散々言われるだろうが、パフェを奢るといやぁ喜んで着いて来るに決まっている。
一息にそこまで考えて、土方の顔には笑みが浮かんだ。そこには先ほどまでの眠気も疲れも全く感じられない。
信号が青に変わるとすぐに土方はアクセルを強く踏んだ。窓から入り込む風が彼の頬をかすめ吹き抜けていく。
彼が、初めて私用に使った公用車の行く先は、彼を染める愛しい銀色の元。